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演奏家の「耳を守る」 ミュージシャン外来 音楽環境の変化が背景

2021.2.2 0:00
 聴力のトラブルのせいで音楽の演奏を続けることができない―。プロからアマチュアまで演奏家の悩みに応える「ミュージシャン外来」が、宮城県利府町にある仙塩利府病院に開設された。クラシック音楽でも大きな音で難聴になったり、逆に音響過敏になったりする人が少なくない。特殊な耳栓などを使って「耳を守る」治療に取り組むのが、同病院の耳科手術センター長を務める小林俊光東北大名誉教授だ。専門家は「大音量を志向する音楽環境の変化が背景にある」と話す。
仙塩利府病院に「ミュージシャン外来」を開設した小林俊光・東北大名誉教授
仙塩利府病院に「ミュージシャン外来」を開設した小林俊光・東北大名誉教授

 ▽ニュアンス

 仙台市に住むピアニストの10代男性が小林さんの病院を受診したのは2019年末。以前から左耳に違和感があったが「ごわんごわん」と耳鳴りするようになった。
 大きな音がするとびっくりするほど頭に響く。均質な音が続くバッハの曲は弾けるが、音量がダイナミックに変化するショパンの曲は弾くことができない。
 「音を伝える耳の中の骨が硬くなって音量が調節できないのではないか」。こう考えた小林さんは、一人一人の耳の形に合わせて作る「ミュージシャン耳栓」を使うことを勧めた。繊細な音のニュアンスを損なわずに音圧を下げることができる。男性は再び演奏を続けられるようになった。
 ▽音響の肥大化
 海外ではこの問題の認知度は高い。注目を集めたのが、ビオラ奏者が英国のロイヤル・オペラ・ハウスを相手に16年に起こした訴訟だ。ワーグナーの曲をリハーサル中、背後にいた金管楽器の音で難聴になったと主張し、19年に勝訴した。
 小林さんは20年4月に国内の耳鼻科では初めてとなるミュージシャン外来を開設。きっかけになったのが、ウェブ批評誌「メルキュール・デザール」を主宰する音楽評論家の丘山万里子さんの呼び掛けだった。
 丘山さんは演奏家が巨大な音響にさらされることで生じる騒音性難聴の問題に警鐘を鳴らしてきた。ロックやポップス音楽では現場の危機意識も高いが「日本のオーケストラは演奏家がそうした状況に置かれている認識に欠けている。本人が耳のトラブルに気づいても周囲に言い出しにくい状況にある」と指摘する。
音のニュアンスを損なわずに音圧を下げる「ミュージシャン耳栓」
音のニュアンスを損なわずに音圧を下げる「ミュージシャン耳栓」

 

 東京都交響楽団が耳栓の試用を始めるなど一部に前向きな動きもある。「ただオーケストラの音響はどんどん“肥大化”している。このままでは演奏家の耳が、音楽が壊れてしまう」と丘山さんは懸念する。
 ▽かくれ難聴
 大音量による耳への影響はさまざまだ。小林さんの元を訪れた患者の中には、もともと耳の構造に病気の“種”を抱えており、大きな音によってそれが顕在化した例が複数みられた。
 小林さんが注目するのが演奏家の「かくれ難聴」だ。米チームの研究で、音楽専攻の学生は一般の学生に比べ、周波数8キロヘルツを超える高い音を聞き取りにくいことが分かった。大きな音で毎日練習を続けているのが原因の可能性がある。
 「難聴が進むと内耳にあって音を感じる『有毛細胞』が死んでしまうが、かくれ難聴はその手前の段階。有毛細胞の根元にある神経シナプスが音によるストレスで弱っていると考えられる」と小林さんは話す。
 小林さんの病院では高い周波数に対応した特殊な聴力検査装置を備える。かくれ難聴を早期発見して耳栓などで防御し、進行を防ぐ狙いだ。
 新型コロナウイルスの流行もあってミュージシャン外来を訪れる患者はまだ少ない。小林さんは「同じような悩みを抱える人は多いはずだ。全国の耳鼻科が演奏家の“耳の悩み”に対応できるようになるのを望んでいる」と語る。(共同=吉村敬介)

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