【タイ】タイがソフトパワー強化へ[媒体] 表現の自由への制限に課題

2022年11月30日
NNANNA

タイが官民一体となって、ソフトパワーの強化に本腰を入れ始めた。海外に向けてタイの魅力を発信し、消費財や映画などのコンテンツの輸出の促進など自国の経済成長につなげたい考え。一方で、クリエーターにどこまで表現の自由を認めるかなど、タイがソフトパワーの魅力を十分に発揮する上で解決すべき課題も多い。【Pravethida Anomakiti】

ステージ上でマンゴー・スティッキーライスを食べるミリーさん(コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバル提供)
ステージ上でマンゴー・スティッキーライスを食べるミリーさん(コーチェラ・ヴァレー・ミュージック・アンド・アーツ・フェスティバル提供)

タイでソフトパワーの重要性が認識されるきっかけを作ったのが、タイ人女性ラッパー、ミリー(MILLI)さんだろう。今年4月に開催された米国の野外音楽フェスティバルに出演したミリーさんはステージ上で、ココナツミルクと甘く炊いたもち米に生のマンゴーをのせたタイの菓子「カオニャオマムアン」(英語名:マンゴー・スティッキーライス)を食べるパフォーマンスを披露。物珍しさから米国人観衆がSNSでその様子を拡散。母国タイでも、飛び火する形でカオニャオマムアンの注文が急増した。

タイのソフトパワーとしての魅力は食べ物だけではない。スポーツでは、タイの格闘技「ムエタイ」のレジェンド、ブアカーオ選手が8月にサッカー元日本代表の三浦知良選手の次男、孝太選手と対戦。日本でムエタイへの関心が高まるきっかけになった。

日本ではタイの「Y(ワイ)」シリーズも大きな話題を呼んでいる。日本語の「やおい」を語源とする男性同士の恋愛を描くドラマの総称。日本のほか、中国などでも人気を集め計10億バーツ(約39億円)以上の経済効果をもたらしたという。

■ソフトパワー委員会を発足

タイでソフトパワー戦略の司令塔を担うのが、プラユット首相の肝いりで今年8月に発足したばかりのソフトパワー委員会だ。それまでプラユット政権のソフトパワーに対する認識は決して高いとは言えず、手工芸品、食品、ソフトウエア、エンターテインメントといったクリエーティブ産業への2022年の政府予算は360億バーツと前年比で17.5%、20年比で21%、それぞれ減少した。

ブアカーオ選手と対戦する三浦知良選手の次男、孝太選手(RWS-ラジャダンナム・ワールドシリーズ提供)
ブアカーオ選手と対戦する三浦知良選手の次男、孝太選手(RWS-ラジャダンナム・ワールドシリーズ提供)

ところが、ミリーさんのパフォーマンスをきっかけに、プラユット首相はソフトパワーに対する認識を一新。タイが国家戦略に掲げる「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済」の実現、特に観光産業の振興などでソフトパワーが果たす役割は大きいと判断したもようだ。

■韓流をベンチマーク

タイのソフトパワーは、◇フード(Food)◇映画(Film)◇ファッション(Fashion)◇格闘技(Fighting)◇祝祭(Festival)——の5つのFからなる。タイがソフトパワーの強化において、ベンチマークしているのが東南アジアを席巻している韓国の「韓流」ブームだ。タイでは特に、「BTS(防弾少年団)」やリサが所属する人気女性グループ「ブラックピンク」などK—POPグループの影響が大きい。米ネットフリックスを通じて配信される動画コンテンツを通じて韓国文化に関心を持ち、ドラマ中の登場人物のように、韓国焼酎を飲みながら、サムギョプサル(豚バラ焼き肉)を食べるタイ人が増えている。ソフトパワーの魅力が輸出振興や食品などの消費拡大につながる好例として受け取られている。

政府機関のクリエーティブ・エコノミー・エージェンシー(CEA)代表で、ソフトパワー委員会の事務局長を務めるチャクリット氏はNNAの取材に対し、韓流の成功理由として「韓国を世界の一部と捉え、世界のトレンドに合わせようとした結果」と分析する。例えば、ソフトパワー委員会が「5F」の中心と位置付ける映画では、韓国の「パラサイト」が米アカデミー賞で作品賞を受賞したが、チャクリット氏は「格差社会という国や地域を超えたイシューをテーマにしたことが奏功した」と分析する。一方、タイではコンテンツを作る際、「タイらしさを強調するあまり、マーケティング的な視点に欠ける傾向にある」(チャクリット氏)という。

ソフトパワー委員会の事務局長を務めるチャクリット氏(CEA提供)
ソフトパワー委員会の事務局長を務めるチャクリット氏(CEA提供)

■創造力の発揮が鍵

表現の自由に対する厳しい制限も足かせになっている。韓国は長く軍事政権が続いたが、民主化後は広い範囲で表現の自由が認められた。一方、タイは2014年5月に起きたクーデター以降、軍事政権が続いた。19年の総選挙でおよそ軍事政権が民政化を果たしたものの、依然として表現の自由に一定の制約があるという。

タイの大手映画会社サハモンコン・フィルム・インターナショナルで、海外映画を購入する部門のトップを務めていたパーヌ氏はNNAの取材に対し、「表現の自由が厳しく制限されれば、クリエーターは創造力を十分に発揮できない」と話す。

例外となったのが、17年に公開されたナタウット・プーンピリヤ監督作品の「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」だ。天才少女をリーダーに高校生が世界をまたにかけたカンニングプロジェクトをしかけるという実話を元にしたストーリー。行き過ぎた学歴社会はタイだけでなく、海外でも共通した課題となっており、映画は興行的にも国内外で成功した。前出のパーヌ氏はバッド・ジーニアスの成功について「プーンピリヤ監督が勇気をもって、社会的なタブーに切り込んだからだ」と話す。

タイがソフトパワーの魅力を高めていく上で、表現の自由に対する制限とどこで折り合いをつけるか。タイ政府は難しい判断を迫られそうだ。

「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」は行き過ぎた学歴社会にメスを入れた(GDH559提供)
「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」は行き過ぎた学歴社会にメスを入れた(GDH559提供)