【『小さな恋のメロディ』50年後の会見記(3)】 異国の街に憧れの目、お気に入りのシーンは

2022年12月02日
共同通信共同通信
連載第3回
連載第3回

 

 映画「小さな恋のメロディ」の大ファンでエッセイスト澤田康彦さんが、50年の時を超えて来日した主演俳優2人を京都市で迎えた会見記の第3回。

 

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 なぜ日本でヒットした? 「文化の違いに引かれたのかな。全然知らない文化を持つ同世代の子たちが自分と同じことをしている。そこに驚きと共感を持つんじゃないかと。ぼくらが日本文化に憧れるように」とマーク・レスター。

マーク・レスター(左)とトレーシー・ハイド=10月、京都市の京都みなみ会館(撮影・多田麻実)
マーク・レスター(左)とトレーシー・ハイド=10月、京都市の京都みなみ会館(撮影・多田麻実)

 


 トレーシー・ハイドもうなずき「ドキュメンタリーのように撮られた劇映画。あの頃のロンドンの街、学校、子どもたちが自然にカメラに収められている」。

 2階建てバス、校舎、原っぱ、パブ、歓楽街…私たちは異国の街を憧れの目で見つめていたのだ。日本のファンのサイトではロケ地巡礼の案内が今も花咲く。「私たちより詳しいのよ」

映画「小さな恋のメロディ」のシナリオブックなど筆者のコレクション(筆者撮影)
映画「小さな恋のメロディ」のシナリオブックなど筆者のコレクション(筆者撮影)

 


 脚本家アラン・パーカーはかつてインタビューで「ロンドンという街を捉え、映し出すという意味ですごく良かった」と語っている。


 お気に入りのシーンを聞けば、「初めてメロディと踊るスクールディスコ」とマーク(「そこ?」とトレーシー)。あのダンスイベントこそは日本の小中学校には絶対にない異文化だ。

ファンと触れ合うトレーシー・ハイド(中央)とマーク・レスター=10月、京都市の京都みなみ会館(撮影・多田麻実)
ファンと触れ合うトレーシー・ハイド(中央)とマーク・レスター=10月、京都市の京都みなみ会館(撮影・多田麻実)
映画「小さな恋のメロディ」のシナリオ本。主演2人にサインを頂いた(筆者撮影)
映画「小さな恋のメロディ」のシナリオ本。主演2人にサインを頂いた(筆者撮影)

 

 「私はウェイマスの海岸で撮った遊園地のシーン」とトレーシー、「私の母もマークの母も来た3日間。休暇旅行のようだった」。2人は授業をサボり電車に乗って遠出する。砂浜でダニエルがプロポーズする。昔の洋画の字幕は味のある手書き文字で、私はこの衝撃的なセリフを視覚で記憶しているのだ。「結婚しようか」


 本国版予告編は、マークとジャック・ワイルド、人気の男子2人を据えた友情物語となっている。そこが日本との大きな違い。製作側としては必然で、トレーシーは「introducing」、つまり公募で選ばれた新人だったのだ。


 一方の日本では「メロディ」というシンプルな原題に「小さな恋の」を乗せた。美少年マークに加えトレーシーを多く見せた。ヒット要因は数々あれど、この少女の容姿に尽きるのではないかと私は考える。美少女だけれど、どこか日本人に近しい親しみのわく顔、しぐさ。日本のあちこちに「トレーシーに似てる」って言われる子がいたはずなのだ。(エッセイスト)

映画「小さな恋のメロディ」公開翌年のトレーシー・ハイド(ゲッティ=共同)
映画「小さな恋のメロディ」公開翌年のトレーシー・ハイド(ゲッティ=共同)

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【筆者略歴】さわだ・やすひこ 1957年滋賀県生まれ。上智大卒業後にマガジンハウスに入社し、雑誌「ブルータス」などの編集を担当。「暮しの手帖」編集長も務めた。著書に「ばら色の京都 あま色の東京」「いくつもの空の下で」。