(24)ケニア、日本  スラムの種、開花した才能 爆発テロ現場での出会い   師との別離を乗り越えて

2022年12月01日
共同通信共同通信

 「カメラを触らせてくれないか」。2012年初め、国際通信社のカメラマンだった黒川大助(くろかわ・だいすけ)(47)はケニアの首都ナイロビで起きた爆発テロの取材中、地元の青年に声をかけられた。断っても現場で待ち続ける青年にカメラを貸してやると、連写音に目を輝かせた。「生涯、あの音は忘れない」。ダニエル・イルング(31)は振り返る。


 イルングに懇願され、黒川が名刺を渡すと、しばらくして電子メールで1枚の写真が届いた。政治家の車列が小さく写り、その上に澄んだ青空が大きく広がっていた。報道写真としてはあり得ない。だが大胆な構図に目を奪われた。アフリカに何かを残せるかもしれない―。黒川の胸にそんな思いが芽生えた。
 

 ▽父の笑顔
 

 イルングはナイロビのスラムで、3人兄弟の末っ子として生まれた。高校を卒業後、グラフィックデザインの職業訓練を受けた。父はタクシー運転手で生活費の支払いに追われ、母は訓練が息子を貧困から救い出す唯一の道だと信じていた。

 

 ところがイルングは近所の教会で、イベント撮影のために譲り受けたソニー製のコンパクトカメラに夢中になった。インターネットカフェで撮り方を調べ、ときには床にはいつくばって撮った写真で周囲を驚かせた。報道カメラマンを目指そうとして職業訓練を中退してしまう。
 

 事件事故の現場に駆け付けては写真を撮り、新聞社に送り続けた。11年にスラムで起きた火災の写真は大手紙に掲載された。報酬はわずかで「いつになったら稼げるの」とあきれ顔だった母を尻目に、父は笑顔で「これからは新聞を買うのが楽しみだ」と周囲に自慢して回った。

 

 

黒川が2012年に南スーダンの刑務所で撮影した写真を自宅に飾るダニエル・イルング。囚人たちがトランプで遊ぶ姿を捉えた1枚だ。「細部にこだわる彼の撮影手法に引かれ、この写真からも刺激を受けた」と話す=ナイロビ、2022年4月
黒川が2012年に南スーダンの刑務所で撮影した写真を自宅に飾るダニエル・イルング。囚人たちがトランプで遊ぶ姿を捉えた1枚だ。「細部にこだわる彼の撮影手法に引かれ、この写真からも刺激を受けた」と話す=ナイロビ、2022年4月

 

 

 その数カ月後、父は強盗に刺殺された。良き理解者を失っただけでなく、生活はさらに困窮した。兄2人は無職で、自分が一家の生計を立てる重圧にさらされた。より堅実な職業を探そうとカメラマンの夢を諦めかけたとき、黒川に出会った。
 

 大きなレンズが付いた機材をいくつもぶら下げ、現場を駆け回る本格的なカメラマンを初めて見た興奮で、気付くと声をかけていた。借りたカメラの連写音が再び情熱に火を付け、黒川に師事しようと決意した。
 

 ▽技術と規律
 

 黒川はフリーカメラマンとしてミャンマーの少数民族の武装勢力などを取材した後に通信社に加わり、日本やベトナムでの勤務を経て10年に東アフリカの責任者に。
 

 イルングには写真の構図や審美眼を教えるため、身の回りにある模様や形を意識して撮影する練習をさせた。「好奇心とセンスがあり、技術はすぐ身に付けた」。職員としての雇用を決めた。
 

 むしろ社会人として基本的な規律を守らせるのに苦労した。通信料を惜しんで携帯電話のメッセージに了解の返事をしないかと思えば、小説のような長文メールが届くこともあった。「相手の立場になって連絡するように」と説いた。
 

 ニュース判断を磨く必要もあった。「自分にとっての日常が外国人には面白いかもしれない」と読者の視点に立つように伝え、「国内の出来事と国際ニュースの接点を探せ」と繰り返し、世界と連動した写真を撮ることを教えた。日頃から「世界で何が起きている」と問いかけた。
 

 イルングは黒川と共にイスラム過激派による凄惨(せいさん)なテロや暴動、選挙の取材を経験し、頭角を現す。16年にケニアの報道写真の賞を贈られ、世界報道写真財団が有望な若手写真家を育成するプログラムの候補にも選ばれた。暴動の負傷者を助ける正義感があり、明るい性格で同業者の輪の中心にいるようになった。
 

 

 ▽創作物
 

 

 「上司というより、リーダーだった」。イルングの黒川評だ。リスクをいとわず、治安当局者ともめても現場に入り、結果的に心を打つ写真を残してきた。「自分は彼の創作物だ」。イルングは断言する。叱責されても自分の可能性を信じているからだと理解できた。

 

自宅で国際通信社のカメラマン時代を振り返る黒川大助。壁にかけた南スーダンの刑務所内の写真(右上)について「娯楽が象徴する自由と、足の鎖が象徴する束縛を対比させた」と話す。イルングの部屋にも同じ写真があると伝えると「うれしいね」と笑顔を見せた=東京都三鷹市、2022年4月
自宅で国際通信社のカメラマン時代を振り返る黒川大助。壁にかけた南スーダンの刑務所内の写真(右上)について「娯楽が象徴する自由と、足の鎖が象徴する束縛を対比させた」と話す。イルングの部屋にも同じ写真があると伝えると「うれしいね」と笑顔を見せた=東京都三鷹市、2022年4月

 

 師との別離は突然訪れた。20年4月、新型コロナウイルス流行でケニア政府が移動制限や国際線停止の方針を発表。取材活動も影響を受け、黒川は先の見えない規制を前に帰国を決めた。イルングは「当時を思い出すだけでもつらい」と涙ぐみ、黒川は「もう少し人生を共に歩みたかった」と惜しんだ。
 

 それから約2年。イルングは黒川との連絡を絶やさず、同業者としのぎを削ってきた。「写真がなければ世界に何も伝わらない。何も起きていないのと同じだ」と強い誇りを抱く。
 

 

 

 

 

 

 

 大学で講義する機会があり、スラム出身を隠さず「誰にでもチャンスはある」と訴えた。聴講後に記者になった学生もいる。「託されたものを他の人たちにも伝えたい」。イルングは言葉に力を込めた。黒川がまいた種は力強く根を張り、今もアフリカの大地に新たな可能性を広げ続けている。(敬称略、文・稲葉俊之、写真・西村庸平、カビル・ダンジ)

 

◎取材後記「記者ノートから」

 

 2014年から3年間、ケニアの首都ナイロビに特派員として駐在した際、人間関係を築く難しさを痛感した。ケニア政府の統計によると、年間の実質平均賃金は約74万シリング(約84万円)で、日本人に比べて圧倒的に所得が低いことが原因だ。
 現地の人々が親切心で世話してくれていると思えば金銭的見返りを期待していたり、そうでなくても今度はこちらが疑心暗鬼になって信用できなかったりして、ぎくしゃくしてしまった。
 黒川大助は初対面でダニエル・イルングにカメラを貸したとき「盗まれないように凝視していた」と笑う。それでも黒川はスラム出身の若者を信じ、イルングは期待に応えた。さまざまな価値観や文化の違いを乗り越えて2人が紡いだ絆は貴重で、私にとってまぶしく見えた。(敬称略)

 

 筆者は共同通信ニューヨーク特派員、写真は共同通信写真部員、共同通信契約カメラマン。年齢は2022年12月1日現在。

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