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【4567】三千櫻 MAKUAKE 純米吟醸 彗星 55 直汲 生原酒(みちざくら)【北海道】

2021.5.11 21:23
北海道上川郡東川町 三千櫻酒造
北海道上川郡東川町 三千櫻酒造

【日本酒研究会 全6回の⑥完】

 足掛け15年目に突入した日本酒研究会。異業種間交流飲み会ながら、毎月欠かさず飲み続けてきた(ただし、2020年4~10月の7回分はコロナのために不開催)。草創期のメンバーJの提案で、日本全国の現役蔵の酒を全部飲む、という遠大な目的のもとに飲み続けている。一時は、飲んだことのない蔵の酒を探すのが頭打ちになり、なかなか蔵数が増えなかったが、月例会の会場をE居酒屋に移してからは、続々と新蔵酒の登場しわたくしたちを喜ばせている。

 これは、ママの知恵袋であるバイヤーKさんの活躍によるもの。Kさんはわたくしたちの既飲蔵リストをもとに、わたくしたちがまだ飲んだことがない蔵の酒を探し出し入手、月例会に出す酒のラインナップを組んでいるのだ。今回は、6種類のうち、3種類が飲んだことがない蔵のお酒。これで、わたくしたちが飲んだことのある酒の蔵は、合計1202蔵と、1200の大台に乗った。Kさんには感謝しても感謝しきれないほどお世話になっている。この場を借りてお礼を申し上げます。

「眉山」「今小町」「阿波美人」といずれも初めての蔵のお酒が続いたあとは、既飲蔵のお酒。「真壁」「しらぎく」と飲み進め最後、わたくしたちの目の前に登場したのが「三千櫻 MAKUAKE 純米吟醸 彗星 55 直汲 生原酒」だった。

 三千櫻酒造には物語があった。岐阜県中津川市で、1877(明治10)年に創業した同蔵は、有名地酒蔵の名声を確立。海外で日本酒製造の指導をするなど、精力的な活動で知られる。その蔵が、なんと北海道に蔵と蔵人を移転させたのだ。

 これは、町が蔵を建設、民間が蔵を運営するという「公設民営型酒蔵」で実現したものだ。、これについて、蔵のホームページは以下のように説明している。

「美味しい水と米があれば、美味しい日本酒も、と多くの人が思う中、残念ながら東川町には『地酒』がありませんでした。かねてから『東川町らしい日本酒』を作りたいと切望していたものの、いかんせん酒造りのノウハウがない。そこで2019年、ついに『公設民営型』という全国的にも珍しい形態での公募に踏み切り、そこへ名乗りをあげたのが三千櫻酒造でした。
『公設民営型』とは、酒蔵としてのハードの部分は『公』である町が用意する。酒造りや蔵の運営などソフトの部分は、酒造りのプロである民間の酒蔵に一任する。そんなWin-Winの関係です。
 北の大地に酒造りの可能性を見出した老舗の酒蔵と、『東川町らしい酒を造りたい』と熱い想いを抱いた北海道東川町の出会いは、運命の糸が引き寄せた奇跡なのかもしれません」

 地酒が欲しかった東川町だが、三千櫻酒造も岐阜県での酒造りに危機感を抱いていた。ネット情報を総合すると、100年を超す歴史の中で蔵は老朽化、新しいことに挑戦するにしても、もはや限界に達していた。さらに、地球温暖化のため、従来のような原料米生産がこれからも行えるのか、醸造もこれまで通り行えるのか、不安を強く抱いていた。そんな折、大雪山水系の豊富な水に恵まれ、北海道屈指のコメどころの東川町が「公設民営型酒蔵」の公募をしたので、決断した。渡りに船だったのだ。まさしく、ウィン・ウィンの関係だった。

 瓶の表ラベルには「東川町での醸造の二番目のタンク」(実際は英文)、「新天地 新境地」と書かれている。さて、いただいてみる。

 I 「おおおっ、香りがいい」
 B、Y「飛び抜けて旨い」
 酒蛙「舌先にガスのチリチリ感がありフレッシュ。果実をおもわせる香り。甘みと酸がやわらかく出ており、モダンタイプのライトボディ~ミドルボディ辺りのお酒」
 F 「旨みも出ている」
 Y 「(本日のラインナップで)ようやくアミノ酸が感じられる酒が来たよぉ」
 酒蛙「甘旨酸っぱい。以前の『三千櫻』は淡麗だった記憶があるが、それとは大違いだ」

 瓶の裏ラベルのスペック表示は「アルコール分16度、原材料名 米(国産)米麹(国産米)、精米歩合55%、原料米 彗星100%、製造年月2021年1月、出荷年月2021年3月」。使用米の「彗星」(すいせい)は北海道立中央農業試験場が1996年、母「初雫」と父「吟風」を交配。育成と選抜を繰り返して品種を固定。2006年に命名、2006年に種苗法登録された酒造好適米。

 酒名・蔵名の「三千櫻」の由来について、蔵のホームページは以下のように説明している。「三千櫻酒造は明治10年(1877年)、岐阜県中津川市(旧福岡町)で創業しました。中津川は南東部に位置し、木曽山脈を臨む風光明美な場所です。東には日本百名山のひとつである恵那山(えなさん)がそびえ、町のほぼ中央には木曽川水系の河川である『付知川(つけちがわ)』が流れています。翡翠のような碧く澄んだ光を放つその水面の美しさから、いつの頃からか『青川』とも呼ばれるようになりました。そんな自然豊かな場所で酒造りを始めたのは、庄屋の4代目当主であった山田三千介(みちすけ)。その名にちなんで『三千櫻(みちざくら)』と名付けました」

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