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汐留の鉄道展示会

2017.12.8 11:00
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共同通信本社で開催された汐留鉄道倶楽部展
共同通信本社で開催された汐留鉄道倶楽部展

 共同通信本社3階のギャラリーウォークで「汐留鉄道倶楽部 鉄道はニュースだ!」展が11月、開催された。毎週このコラムを書いているメンバーが自慢の写真と文章を展示、歩く人の目を引いた。写真はSL、寝台特急、電車、カナダの鉄道など多岐にわたり、文章も肩肘張らない、気軽なコラムとなっていて、多くの人に見てもらった。

 展示会は3回目。2011年2月に発足した「汐鉄」の歴史を感じる。メンバーに共通するのは単純で、「鉄道が好き」に尽きる。専門家でもなければ、評論家でもない。素人として気軽なタッチの文章と写真で毎回コラムを担当してきた、といった感じ。でも、事実関係の確認取材は怠らない。

 わずか10人程度のメンバーでも、それぞれに「好き」の中身はさまざま。まさに“テツ”のすそのが広いのと同様で、車両、時刻表、駅、撮影スポット、踏切、模型、駅そば、駅弁、音楽・CM絡み…。

 展示でわたしはこのコラムでも以前に紹介した東京・江東に今も残る貨物線跡の「遺構」と、起点・終点がどことも接続しない「香椎線」の2点を出した。特に「昭和」を生きてきたわたしにとって、その当時に活躍した鉄道が廃線になったり、車両が廃止になったりとなると胸が締め付けられる思いだ。

 決して後ろ向きな性格ではないのだが、くだんの江東の貨物線跡など見るといつも胸が熱くなる。日本が元気だったころ、埠頭に付いた荷物を頻繁に貨車が往来して運んでいたんだなあ、と今もなぜか残り続けるさびた線路をずっと見ていることができる。

 先日、東横線を横浜から渋谷に向けて運転席真後ろの立ち位置で乗った際、はるか以前に中目黒から都立大学方面の高架化工事をしていた小学生時代の記憶にタイムスリップした。するとやがて玉川通りの玉電や多摩川を車と一緒に並走していた電車、できたばかりのつくし野駅など育った町周辺の私鉄沿線の昔の姿が頭をよぎった。

 一体何十年前のことなのだろう。そんなことを考えふとわれに帰ったら、ありゃ、山手線を鉄橋でまたぎ急カーブしてポイントをかき分けて渋谷に進入するはずが、代官山あたりから地下へ。とっくに渋谷が終点ではなくなっていたことに今更気づいた。

 昭和の鉄道の記憶はいつまでも残るが、その鉄道はいつも新陳代謝を続けている。

 ☆植村昌則