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汐留鉄道倶楽部

鉄道発祥の地、東京・汐留にある共同通信社の記者、カメラマンが書いた鉄道コラムのコーナーです。リニア、新幹線からSL、路面電車まで幅広く取り上げます。鉄道ファンの熱い思いをお届けします。

昔の名前で出ています 

2017.11.3 11:00
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発車を待つ弘南鉄道の車両。製造年はぼくとほぼ同じ、1965年=青森県大鰐町の大鰐駅
発車を待つ弘南鉄道の車両。製造年はぼくとほぼ同じ、1965年=青森県大鰐町の大鰐駅

 半年ほど前に青森県を訪れた。宿は大鰐(おおわに)温泉。青森駅からJR奥羽線の特急に乗り、大鰐温泉駅まで40分ほど。駅舎を出ると、山に囲まれ、川が流れる静かな温泉街が広がっていた。

 翌日、弘前市内を観光して帰ることにして奥羽線の時刻表を調べたのだが、ちょうどいい時間帯には特急しかない。わずか10分ほど乗るのに特急料金を払うのもなあ…と思案しているうちに、ふと思い出した。そうだ、大鰐と弘前の間には、弘南鉄道というローカル私鉄が走っていた。われながらウカツであった。

 というわけで今回は弘南鉄道大鰐線。本コラムではほぼ1年前に藤戸さんが弘南鉄道を取り上げているので「再登場」になってしまうのだが、東京から簡単には行けない場所なのでお許しください。

 弘南鉄道は黒石線(弘前―黒石)と大鰐線(大鰐―中央弘前)の2線からなる。最初の区間が昭和初期に開通した黒石線に対し、大鰐線は1952年生まれ。地方の小さい私鉄にしては「若いな」というのが正直な感想だが、実際に訪ねてみると駅も車両も昭和の薫りたっぷりの味わい深い鉄道だった。

 弘南鉄道大鰐駅(こちらは駅名に「温泉」が付かない)は、JRの大鰐温泉駅の片隅に位置している。JRの改札で「弘南鉄道の入り口はどこですか」と聞いたら、JRの跨線橋を渡るとのこと。切符がないままJRの改札を入り、弘南鉄道のホームに移動した。

 ホームの横には、JRで降りたお客さんは弘南鉄道の出口からは出られません、という趣旨の掲示があったが、「JR」の部分だけ後から修正している。きっと「国鉄」という2文字が隠れているのだと思うが、JR発足から既に30年。看板一つとっても歴史を感じさせる。

 大鰐線のホームには、あら懐かしい…。東急電鉄で活躍していたオールステンレス車両の2両編成が待っていた。家に帰ってネットで調べると「7037」という現在の車両番号は東急時代と同じとのこと。「昔の名前で出ています」というヒット曲同様、変わらぬ名前で第二の人生を楽しんでいるようで、なんともうれしい心持ちだ。

リンゴのつり革(左)と大鰐駅の古い掲示板
リンゴのつり革(左)と大鰐駅の古い掲示板

 車内で、しゃれたつり革を発見した。つり革が赤く塗られ、右上に緑色のかけらが付いていて、まるで葉付きリンゴのようだ。ベルトの部分に「この吊り手のイメージは『りんご』 葉のモチーフは『岩木山』です」と書かれていた。葉っぱのイメージだけで十分だと思うのだが、青森の人、岩木山が好きなんだよなあ…。電車が出発するとリンゴが一斉に揺れ、なかなか趣深い。

 電車に揺られること約20分。終点の中央弘前駅に到着した。「中央」と「弘前」の語順が新鮮だと思うが、どうだろう。確かにJRの弘前駅よりお城に近い場所にあり、城下町の観光には便利だった。弘南鉄道さん、ありがとう。

 ☆八代 到(やしろ・いたる)1964年東京都生まれ。共同通信社グラフィックス部勤務。中央弘前駅前には赤れんが造りの古い教会があったけれど、牧師不在で見学できなかったのが心残りでした。

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