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日本酒津々浦々

日本全国津々浦々のさまざまな日本酒のコラムです。

【4633】豊明 一期一会シリーズ Nostalgia(ほうめい)【埼玉県】

2021.9.20 20:47
埼玉県幸手市 石井酒造
埼玉県幸手市 石井酒造

【Z料理店にて 全6回の➁】

 近所のZ料理店に顔を出す。「うちは居酒屋じゃないんだからね。居酒屋みたいにいっぱいの種類の酒を置いてないんだからね」と言いながらも、予約すると、わたくしが飲んだことがないだろうお酒を数種類さりげなく用意してくれる。その心意気がうれしく、月に1回のペースで暖簾をくぐっている。が、長引くコロナ禍で、かつてない苦しい経営を強いられている。しかし、客としてはどうすることもできず、歯がゆいおもいが募るばかり。せめて定期的に顔を出すしか手立てはない。

 冷蔵庫の中を見て、一番先に選んだのは「加賀鳶 夏純米 生」。続いていただいたのは「豊明 一期一会シリーズ Nostalgia」だった。石井酒造の酒は当連載でこれまで、6種類を取り上げている。チャレンジ精神旺盛で、さまざまなユニークな試みに挑戦している、という強いイメージがある。「豊明」を取り上げるのは今回で3種類目となる。さて、いただいてみる。

 上立ち香は全くしない。含んで、思わず「ん~~~っ!!!」と声に出る。ファーストアタックの甘みが強く、含み香が極めて個性的だったから。含み香は、菌類のような木香のような、例えが難しい複雑ユニークな香り。味わいは、甘みのほか酸もけっこう良く出ており、甘酸っぱい味わいだ。甘み、旨み、酸が良く出ている。目隠しして飲むと、梅酒の香味と間違うかもしれない。わたくしだったら間違いそうだ。旨みがたっぷりで、味が分厚く、とろみがややあり、非常に飲みごたえがある。

 瓶の裏ラベルは、この酒を以下のように紹介している。

「このシリーズは 弊社のlab的要素を多分にして含む限定酒です。その時の閃きやアイデアなどをトレンドやブランドを無視して自由に仕込んだ実験シリーズです。それゆえに、一度しかつくらない まさに“一期一会”なお酒です。毎回お酒に対する思いなどはnoteに記していきますので 是非QRコードからご参照ください。二度と味わえない刹那の味わいをお楽しみいただければ幸いです」

 意気込みや良し、である。しかし、どういう意図で実験し、その結果がどうだったか、ぐらいはラベルで説明すべきではないか。裏ラベルの口上だけでは、何がなんだか分からない。裏ラベルの口上は、もったいつけ過ぎだとおもう。

 このことについて、蔵のホームページは、以下のように分かりやすく説明している。

「第二弾である”Nostalgia”です。
 このお酒は社長である僕が、杜氏に『生酛でもやってみる?俺経験ないけど』と半ばノリで提案してみたところ『良いっすよ!やりましょう!』と快諾?してくれたので仕込んでみる事にしました。
 しかし、僕も杜氏もほぼ未経験の生酛だったので教科書を片手に、毎日試行錯誤を重ねて仕込みました。かなり特殊な経過を辿り、僕としてはものすごくレアな体験と味わいになりました!杜氏は冷や汗かいてましたが・・・w
 酒質としては果実感のある爽やかな酒になりました!本当は火入れしてから少し寝かせて出そうかなと思ってたのですが、この面白いお酒を皆さんにも味わってもらいたいと思い、リリースします!
 杜氏曰く、『次はもうこれつくれないっすよw』と豪語する自信?作です!二度と生まれないまさに”一期一会”なお酒を今回もお楽しみいただければ幸いです」

 裏ラベルのスペック表示は「原材料 米(国産)米麹(国産米)、アルコール分16度、製造年月21.7」にとどまり、使用米の品種名が非開示なのは残念だ。しかし、ホームページによるとこの蔵は「豊明」シリーズについて、「白目米」を使用している、とのこと。

 これについてホームページは、「江戸のブランド米『白目米』を使った日本酒『豊明』」と題し、以下のように説明している。

「元禄11年(1698年)頃、武州行幸(みゆき)村を治めていた牛込忠左衛門という人が、食味が大変優れている米の栽培を奨励し、これが後の『白目米』になったと伝えられています。当時は日本一美味な米として幕府に上納され、明治に入ってからは宮内省御納米にも指定されましたが、 栽培が難しく戦後に姿を消してしまいました。しかし、幸手の永年の努力が実り、ここに復活。清酒『豊明』にて極上の味わいを醸しだしております」

「白目米(しろめまい)」について、ウィキペディアは以下のように説明している。

「白目米は日本のイネの品種名および銘柄名。元禄時代に武州行幸(みゆき)村(2012年現在の埼玉県幸手市周辺)を治めていた牛込忠左衛門という人がこの品種の栽培を奨励し、幸手周辺で多く栽培されるようになったのが始まりとされる。その優れた食味から日本一美味な米として幕府に上納され『最高級米』としてもてはやされた。江戸の食通から『殿様米』とも呼ばれた。明治に入ってからは宮内省指定の御納米として扱われた。その一方で栽培が難しく、背丈が高く倒れやすい・収穫量が多くないなどの特性により昭和初期には生産量が減少していた。さらに戦時の米穀統制により栽培を禁止され、以後半世紀以上にわたって一般に流通することの無い『幻の米』となった。
 1996年に新宿中村屋がインドカリーの発売70周年を機に白目米の復活を企画。農林水産省の『農業生物資源ジーンバンク』に保管されていた種籾から白目米が収穫された。新宿中村屋では1998年以降毎年、期間限定で白目米を使用したカレーが提供されている。白目米の栽培は幸手市の町おこしの一環として『幸手市稲作研究会』のメンバーによって再開された。2012年現在では幸手市内の2つの酒蔵で白目米を用いた日本酒が作られ幸手市商工会の推奨品になっている」

酒蛙

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