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日本酒津々浦々

日本全国津々浦々のさまざまな日本酒のコラムです。

【4214】光栄菊 月影 Shinriki 無濾過生原酒(こうえいぎく つきかげ)【佐賀県】

2020.4.23 15:16
佐賀県小城市 光栄菊酒造
佐賀県小城市 光栄菊酒造

【F居酒屋にて 全13回の⑫】

 年に2~3回飲んでいる5人グループ。もともとTとわたくしは仕事で知り合い、よく2人で飲んでいた。Tの友人が次々に加わり5人のメンバーとなった。今回の場所は、TT居酒屋時代からお付き合いのあるF居酒屋だ。メンバーのうち1人がドクターストップで欠席。今回は4人で飲んだ。

「北島」「秀よし」「森嶋」「會津宮泉」「五十嵐」「大倉」「生粋左馬」「兵介」「神心」「笑四季劇場」「光栄菊 月影 Oyama 無濾過生原酒」と飲み進め、12番目にいただいたのは「光栄菊 月影 Shinriki 無濾過生原酒」だった。

 光栄菊酒造は、新しくできた酒蔵。このいきさつについて、佐賀新聞のウェブサイトが2019年12月2日付で詳しく書いているので、以下に転載する。

     ◇

 150年の歴史を刻み、2006年に廃業した佐賀県小城市三日月町の光栄菊酒造が新しい経営者の下で再出発した。香川県出身の男性が建物と蔵の名前を引き継いで新会社を設立。8月末の豪雨災害も乗り越え、創業にこぎ着けた。今年は2種類の日本酒を製造し、かつて地域に親しまれてきた「光栄菊」の銘柄で、12月下旬の出荷を目指す。

 東京でテレビ番組の制作を手掛けてきた日下(くさか)智(さとし)さん(53)が酒蔵跡を購入し、昨年12月に会社を立ち上げた。制作した番組は経済や農業分野が多く、輸出が堅調で潜在需要が見込まれる日本酒の伸びしろを感じて独立を決めた。

 佐賀県内の建築家から物件を紹介してもらい、傷みがひどかった屋根は全て張り替えた。貯蔵タンクや絞り器などの設備を一からそろえ、冷蔵施設も新たに設けた。8月末の豪雨でこうじ菌を繁殖させる「こうじ室」が浸水し、大幅な改修を迫られたが、佐賀銀行などから融資を受けて酒造りの環境を整えた。

 元NHK職員で知人の田下裕也さん(38)と2人で創業し、大阪や愛知の酒蔵で経験を積んだ杜氏(とうじ)の山本克明さん(42)が酒造りを担う。山本さんの日本酒は酸味とうまみがあり、切れ味のよい口当たりが特徴という。

 従来の光栄菊酒造は1871(明治4)年、現在の佐賀市富士町で創業した。北山ダムの建設に伴い、1952年に現在の場所にあった蔵を買い取って営業を続けてきたが、需要の低迷などで20年ほど前に酒造りをやめ、06年に廃業した。

 建物の一部を使って漬物の製造を始め、5代続いた蔵を維持してきた合瀬健一さん(67)は「ここで酒を造りたいという人が現れるとは思いもしなかった。最高の形で蔵が生き返った」と喜ぶ。

 年末の最需要期に向けて仕込みは本格化し、今年は一升瓶換算で約4600本の製造を目指す。日下社長は、会社の設立時から助言をもらい、温かく迎えてくれたという県内の同業者に感謝し「地域の活性化に貢献する意気込みを持って、皆さんに喜ばれる日本酒を届けたい」と話す。

     ◇
 
 杜氏の山本克明さんは、「菊鷹」(愛知県稲沢市)の名を高めた名杜氏として知られる。甘旨酸っぱい濃醇フルボディー酒の「菊鷹」は、わたくしの大好きな銘柄の一つ。この味をつくった杜氏が新天地に移籍したとは。かなりの驚きだった。さて、今回のお酒をいただいてみる。

 酒蛙「直前に飲んだ『光栄菊 雄山錦』と同じようなフルボディー系の、ジューシーで甘旨酸っぱい味わいだ」
 N 「直前に飲んだ『光栄菊 雄山錦』よりもシャープ感がある」
 D、酒蛙「そうそう。同感だ」
 N 「これもめちゃめちゃ旨い。1升飲めちゃうよぉ
 酒蛙「直前に飲んだ『光栄菊 雄山錦』と比べ、骨太なのは同じだが、こちらは芯が太く、シャープ感がある。味の中でも酸がとくに立ち、かなり旨い」
 D 「アウトロー低めできましたね!」
 みんな「笑笑」

 全員から大好評だった。あくまでも、個人的な印象だが、この酒にシャープさを感じた。おそらくは、使用米「神力」の特質が反映されたものとみられる。

 瓶の裏ラベルのスペック表示は「原材料名 米(国産)米麹(国産米)、使用米 神力100%、アルコール分14度、製造年月2020.2」にとどまり、精米歩合と特定名称区分が非開示なのは残念だ。食品表示が細分化されている時代にあって、消費者のために堂々スペックを開示し、それから判断を仰ぐべきだ、とわたくしは考える。

 瓶のラベルには記されていないが、ネット情報によるとこのお酒は「天然乳酸菌仕込み」という。つまり、蔵にいる乳酸菌を取り込んで乳酸をつくらせ、雑菌による腐敗を防ぐ「生酛・山廃系仕込み」だ。

 使用米の「神力」について、オエノングループのサイトが「『神力』物語」と題し、以下の解説文を掲載しているので転載する。

「言い伝えによると・・・

明治10年、兵庫県の農業家丸尾重次郎が、自分の水田に特別に穂の重い稲が生長しているのを発見しました。わずか3本の穂を種にし、苦心して改良したところ、この品種からは大粒で多くの米が収穫できたことから“神から賜った米”として『神力』と名付けられました。次第に『神力』の評判が近隣に広がり、丸尾重次郎は『神力翁』と呼ばれるようになりました。

抜群な収穫量を誇り、全国に普及した『神力』は、『麹がつくりやすく、もろみで溶けやすく、酒に雑味を与える成分が少ない』という性質から、酒造好適米としても高い評価を受けるようになります。しかしながら、昭和の初めになると、稲作形態の変化と激しい品種改良競争のなかで、姿を消すこととなりました。

それから、半世紀近い年月が流れ、“幻の米”となった『神力』は、酒造りに適した性質が再び見直され、復活を果たします。丸尾重次郎は『神力』の繁栄を見ずに逝去しましたが、『神力』は今も人気の酒造好適米として、また、多くの酒造好適米の祖先米として、後世に脈々と受け継がれています」

酒蛙

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