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文化

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日本酒津々浦々

日本全国津々浦々のさまざまな日本酒のコラムです。

【264】電光石火 純米大吟醸(でんこうせっか)【福岡】

2010.9.20 21:52
福岡県北九州市 ひらしま酒店(販売元)
福岡県北九州市 ひらしま酒店(販売元)

 かわいがっていた若い板前Yから「独立して2月11日に店を開くことになった」という連絡を受けた。場所は東京・六本木。高そうだ。銀行からカネをおろして暖簾をくぐる。

 Yは、東京・銀座6丁目にある会席料理店&小料理店Gの板前をしていた。Gの板前は料理長を含め3人おり、Yの序列は3番目。しかし、女将にかわいがられ、フロントに出て、包丁をふるっていた。いわゆる「花板」だ。Gは常時250種類の酒を置いている。わたくしはこの店で酒の勉強をした。当然、フロントで包丁をふるっているYと会話をすることになり、当然、仲良くなった。

 そのYは、数年前、「さらに修業し、腕を磨きたい」と、東京・四谷の日本料理店に移籍した。Yはこの店で、ほとんど追い回し状態から修業をした。一方、Gは、女将がまったく違う道に入ったため経営者が替わり、さらに料理長も常連さんもいなくなり、みんな散り散りになった。

 そんな折のYからの連絡。完全予約制で、完全コース制。たった1人できりもりしているのだという。仕入れも、掃除も、料理も、後片付けも、食器洗いもみんな1人という。

 銀行からおろした万札をフトコロに、地下鉄六本木駅で降り、地図を片手に小路を進み、Yへ。フリの客はまず来ない小路。実に渋い外構え。中に入り、その落ち着いてしゃれた雰囲気に、内心びっくり。カウンター4席、テーブル6席の全10席だけの小さな店。カウンターに正対する形で、まな板の前にYは立っていた。

 「やあ、久しぶり」と言うものの、この数年間の時間差が一気に無くなり、きのう別れた感じの気安さ。瞬間的に数年前に戻る。ビールを飲んでから、「さあ、酒だ」と思って、目の前で冷やされていた酒を見てびっくり。あの平嶋雄三郎さんのプライベートブランド「電光石火」があるではないか!!! 平嶋さんは、北九州市で酒屋を営む、酒小売業界の風雲児。その、酒を売る才覚は全国に知れ渡っている。「電光石火」「無我夢中」「狩人たちの休日」など、それまでの常識ではありえないネーミングの酒を設計し、売っている。命名を見て分かるように、非常に茶目っ気たっぷりな人で、わたくしもすぐ仲良くなり、朝まで一緒に飲んだことがある。その平嶋さんは2008年11月に急逝した。

 「なぜ、電光石火がここにあるのだ?」と聞いたら、Yは事も無げに言った。「だって、ひらしま酒店からお酒を入れているんですから」。この一言で、よ~く分かった。

 銀座のGは、平嶋さんがつくったような店で、店名も平嶋さんが命名した。常備している250種類の酒のかなりの部分は「ひらしま酒店」から仕入れていた。女将にとって、平嶋さんは父親みたいな存在で、必然的にYも平嶋さんを慕っていた。北九州でなにかあると、Yは女将のお供で、よく北九州に行ったものだった。当然、平嶋さんの葬式にも女将とYは参列した。このような関係のため、酒店が平嶋さんから息子に替わっても、Yは律儀に北九州の「ひらしま酒店」から酒を仕入れていたのだった。

 さて、平嶋さん設計のオリジナル酒。2005年11月に飲んだ「狩人の休日 純米吟醸 無濾過 生酒」は、フシギな酒だった。最初は、ほとんど刺激も何も感じず、フニャ~ッと口の中に入ってくるイメージなのだが、飲んでしまうと、ひたすら余韻が尾を引くのだ。最初は存在感無く、最後はやたら存在感を主張する、というようなフシギな酒だった。なにより、意味不明奇奇怪怪な酒名。なぜ、このような命名をしたのか、と平嶋さんに聞きたかったが、そのチャンスはもう訪れない。

 2006年5月に飲んだ「無我夢中 純米吟醸」は、酸味を感じるが、やや厚みに欠ける酒だった。平嶋さんは、「当店が地酒に目覚めた10年目に、これまで無我夢中でやってきたという記念を込めて造ったお酒です」と言っていた。

 そして「電光石火」。平嶋さんを偲んで、この夜は、なんとしても電光石火から始めなければならない。含む。うっ! 香りが立つ。甘い。とろりとしている。「電光石火」という名からは、シャープな酒をイメージするが、ちっともシャープじゃない。ふくよかで、濃醇。重めの酒だった。脂粉香華やかな(たぶん)八代亜紀が1人いるような香りの強さ。なぜ、平嶋さんは、この酒に「電光石火」と名づけたのだろう。

 そうこうしているうちに、カウンターに同席していた、どこかの社長とわたくしは仲良くなった。社長も銀座Gの常連さんだったのだという。社長とわたくしは盛り上がる。

 「珍しい人が来るんですよ」。Yが茶目っ気たっぷりに言う。まもなくドアが開いて、なんとGの元女将が現れたではないか。どうやら、Yが「今夜、酒蛙と某社長が来る」と元女将に連絡したらしい。元女将は現在、滋賀県にいるが、連絡を受けてやってきたようだ。元女将は、Gの常連客で秘書みたいに付き合っているIIさんを伴っている(わたくしは、このIさんとも旧知の友達)。すでに酒を呑み過ぎた元女将は、べろんべろんに酔っ払っている

 元女将、某社長、わたくし、Y、Iさん。みんなGゆかりの人たち。まるで同窓会モードだ。こんな時間は、珠玉のひととき。が、いかんせん、Yを除いて、全員べろんべろん。まともな会話が成立しない。わたくしが、元女将をからかいながら冗談を飛ばすと、レディにはあるまじき誹謗中傷罵詈雑言をわたくしに浴びせ続ける。卑猥な単語も連発する。昔とちっとも変わっていない。

 やさしい時間がゆったりと、しかしにぎやかに通り過ぎ、解散。別れ際、某社長がわたくしにこんなことを言った。「今度、また飲もう。友達になろう。俺、友達いなんだ。寂しいんだ」。社長の人生の一面を見た思いがして、酔いがすっ飛んでしまった。その後、Yの店に何回か足を運んだが、この某社長とは再会していない。

 ちなみに、この日のコースは、順に、①アン肝、ほうれん草、海苔佃煮(先付け)②蒸しアワビ(厚いのが2枚)、菜花(先付け)③胡麻豆腐(先付け)④昆布千切りのお吸い物⑤ヒラメお造り⑥塩昆布千切り⑦アカガイお造り⑧アカガイの肝の串焼き⑨刺身フグの和え物⑩フグの白子焼き⑪ウニとアオリイカのお造り⑫手づくりの分厚いカラスミ⑬マナガツオ焼き物⑭かぶら蒸し⑮フカヒレとスッポンの鍋(フカヒレは丸ごと1個使い、スープ激美味)⑯鯖の棒寿司(好きな分食べられる)

 狸のように腹がぽんこりんになった。

 ところで、ネット情報によると、「電光石火」の酒名のいわれは往年の日活スター赤木圭一郎の出演映画「電光石火の男」のタイトルにちなむのだという。強烈な香りが電光石火のように鼻を刺激するように感じるから、と平嶋雄三郎さんが名付けたのだ、という。あくまでも茶目っ気たっぷりの平嶋さんであった。

 が、強烈な香りをこの酒に感じたわたくしは、平嶋さんの意図を正しく受け止めたことになる。黄泉の国で平嶋さんは、わたくしのこの酒に対する感想を、どうおもっているのだろうか。

 ちなみに、酒の設計は平嶋さん、醸造元は「三井の寿」「美田」などで全国に知られる井上合名会社である。

酒蛙

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