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日本酒津々浦々

日本全国津々浦々のさまざまな日本酒のコラムです。

【935】朱盃 純米 生一本(しゅはい)【熊本】

2012.10.28 21:24
熊本県山鹿市 千代の園酒造
熊本県山鹿市 千代の園酒造

 なじみのH居酒屋。店内の所々に、酒のラベルが貼られている。どういう基準でそのラベルを選んだのか、店主の価値基準が分からない。気まぐれ的に貼られたラベルの中に「朱盃 特別純米 生一本」(当連載【19】参照)の黒ラベルがある。黒地に朱文字。おっそろしくインパクトのあるラベル。

 ラベルが目立つだけでない。酒質も濃醇酸味系で、これまたインパクトがあった。おまけに、後日談が印象に強く残っている。すなわち、わたくしにとって、「絵・味・話」のいずれもがインパクトのある酒が「朱盃」なのだ。

 このときの「話」は、当連載【19】に書いているが、参照が面倒な方のために、状況を以下に再録する。

 「(前略)このあといくつかの酒を飲み、今度は『朱盃』のぬる燗を飲む。おっ、ふくらみが増し、キレが良くなり、酸が出てくる。旨い。冷やでも燗でもいいが、ぬる燗の方が断然いい。冷やで飲んだとき、ぬる燗の旨さはある程度予想はついたが、予想よりはるかに旨かった。口が喜ぶ。

 それから間もないある日。某大企業の社長夫妻らを接待する場にわたくしはいた。が、宴席は、なんだか盛り上がらない。社長夫妻は熊本県出身。そこで社長に言ってみた。『こないだ、千代の園酒造の酒を飲んだんですよ。おいしかった』。すると、場は盛り上がった。『え~っ、千代の園を知っているんですかあ。すごいなあ』。それから夫妻とわたくしは酒の話を30分くらい続けた。社長はご満悦。この酒のおかげで、わたくしは役目を果たすことができた」

 この社長の会社は年間売り上げ1兆円超の、その業界では世界トップ10位にはいる大企業。「朱盃」のおかげで、わたくしは、この社長さんに名と顔を覚えてもらった。以後、毎年、顔を合わせるたび、「お酒飲んでらっしゃいますか?」と穏やかな表情で話しかけていただいている。だからどうだ、ってことはまったくないけどね(苦笑)。

 ということで、H居酒屋で酒を飲みながら、壁に貼られている「朱盃」の黒ラベルを見ると毎回、接待の話をおもい浮かべる。そして、再び「朱盃」を飲みたくなる。で、店主にお願いした「また、『朱盃』を入れてよぉ」。渋々同意した店主は数日後「黒ラベルの『朱盃』は出回っていません。白ラベルではいかがでしょうか?」。「おおおっ、白でも良い良い良い」とわたくし。こうして、「朱盃」の白ラベルを飲むことができた。よく見たら、特別純米が黒ラベル、純米が白ラベル、と区別されている。さて、白ラベルを冷酒でいただいてみる。

 酒蛙「酸が強い。コメの風味が強い」

 店主「どれどれ酸度は…(瓶の裏ラベルを見る)。あっ、1.6~2.2だってさ。すごい幅だ。うん、酸っぱい。コメの味が濃い。分かりやすい。味がしっかりしている」

 酒蛙「旨みがたっぷり。味が濃いけど、ずいぶんキレが良いね。味が濃いけど、軽快感がある。記憶が薄れてきたけど、以前に飲んだ黒ラベルの特別純米も同じようなタッチだけど、この白ラベルよりも黒ラベルの方がすこし濃くて重い記憶がするよ。味は同じ。違いは重量感だけ」

 店主「これで2,100円です」

 酒蛙「すげぇ!!! 良心的だあ。抜群のコストパフォーマンスだ。若干、熟成感的な複雑風味が鼻を抜ける。洗練はされていないが、非常にいい。肩凝らずに飲める」

 店主「酸が太い。味が酸っぱい」

 酒蛙「余韻にすこし苦みがある」

 店主「燗は、45℃までのぬる燗がいいって、ラベルに書いています」

 酒蛙「おっ、ぬる燗、やろやろ♪」

 店主は「ちろり」を用意し、ぬる燗をつける。わたくしが40℃のぬる燗が好きなことを店主は知っているから、黙っていても店主は40℃の燗酒をつくってくれる。さて、40℃の燗酒ができた。

 店主「おおおっ! めっちゃ味が広がる」

 酒蛙「旨みと酸が広がる。辛みも前に出て来る」

 店主「いいな。キレが良いな」

 酒蛙「うん、キレが良い」

 店主「うん、旨い」

 酒蛙「辛みはあるけど、冷酒のときよりやわらかい感じ。味がやわらかく広がる」

 店主「冷酒のときより軽快感がある。しっかりした味だなあ」

 酒蛙「ああ、飲んでて、ほっとするよ。全身、脱力モードになる。つまり、肩が凝らないいい酒だよ。家飲み用に最適だな」

 店主「うん、ほっとする」

 酒蛙「甘みも出てくる」

 店主「飽きない。飲み飽きしない。いい酒だよ、これは」

 酒蛙「こりゃあ、いい。食中酒に最適だ」

 瓶の裏ラベルには以下の口上が書かれている。

 「濃醇より出でて淡麗の姿を装う。熊本の銘酒、千代の園が、米を選び、純米酒づくり40余年の酒技を尽くしました。口当たりまろやかで、さわやかな喉ごし。夏は15℃、冬は20℃の冷や、または45℃までのぬる燗が、奥行のある酒味をひきたてます」

 まろやかといえばまろやか。「さわやかな喉ごし」とは、わたくしたちが感じた“軽快感”と同じなのだろうか。

 また、蔵のホームページでは、この酒について「原料米は地元・山鹿産米『神力・レイホウ』を100%使用。純米酒の持つ味の厚み、コクを感じながらも燗酒としても美味しく飲める純米酒」と書かれている。「味の厚み、コク」は、まさに、この酒の個性である。じっさいに飲んでみて、この説明文の通りである。

 ところで、ラベルに書かれている「濃醇より出でて淡麗の姿装う」は、実に奇怪な文章である。この部分のわたくしなりの解釈は、当連載【19】に書いているので、そちらを参考にしてください。

 さて、原料米のひとつの「神力」は、明治時代から戦前まで、西日本を中心に栽培されていたコメで、背丈が高く育てにくいためその後、作付けが途絶えた。が、近年、見直され、復活栽培が行われている。

 また、もうひとつの「レイホウ」(西海100号)は、飯米の新品種として、「西海62号」と「綾錦」とを交配させ、開発されたもの。1970年代初め、人気を得たが、その後、作付面積が激減した。飯米としての需要は無くなったが、つくりやすく安く手に入るため、九州など西日本で、酒米としての需要は根強い。

 なお、このお酒の精米歩合は65%。

 1升瓶の肩のあたりに「保証米100% 純粋日本酒協会」という見慣れないラベルが貼られている。「純粋日本酒協会」を検索してみたら、専用サイトがあり、以下の口上が書かれていた。

 「純粋日本酒協会は1973年に発足以来、『純粋な日本酒とは何か』をテーマに日本酒のあり方について研究し続け、日本酒をご愛飲される皆様にさらにおいしくお召しあがり頂けるよう日々努力を重ねております。発足当時全く普及していなかった、日本酒本来の姿である米と米麹、水だけを原料とした『純米酒』の開発と普及、啓蒙を地道に行い続けております。さらに造り手である各蔵元がお互いに品質の向上をめざし、原料米の厳選と酒造りの工程から仕上がった新酒の品質管理に至るまで相互に確認し合い、協会として純粋な日本酒であることを保証しています。その証は『保証証紙』という形でご理解頂けることと存じます。各蔵元の個 性ある味わいをお楽しみ頂けましたら幸いです」

 ところで、蔵のホームページの年表を見ていたら、以下の記述を見つけた。

 「昭和43年 戦後において全国初の純米酒<朱盃>を出荷」

 おっ! 純米酒を全国で初めて出荷(売った)したのは、この蔵で、銘柄は「朱盃」だったのか。すごい文章を見た。これを担保するものがないだろうか、と蔵のホームページをさらに見たところ、社長の挨拶文に、その部分があった。以下に貼り付ける。

 「千代の園の創業は明治29年(1896年)。それまで米問屋を営んでいた本田喜久八が酒造りを始めました。米問屋だっただけに米に対してこだわりも強く、『九州神力』という新しい米の品種を作り出したほどでした。戦後は普通酒全盛の昭和43年(1968年)全国の酒蔵にさきがけ、純米酒造りに着手。上槽後の祝いの席で蔵人が朱色の大盃でまわし飲みをしたことからその純米酒を『朱盃』と名付けました」

 銘柄「朱盃」の名は、実に酒造りの根幹部分に由来するのだった。

酒蛙

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