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文化

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日本酒津々浦々

日本全国津々浦々のさまざまな日本酒のコラムです。

【1987】聖 純米吟醸 山田錦 無ろ過生(ひじり)【群馬】

2015.6.8 22:05
群馬県渋川市 聖酒造
群馬県渋川市 聖酒造

 日曜日の夕方。ふらりと近くのウナギ屋さんの暖簾をくぐり、「賀茂泉」を冷酒と燗酒の双方で飲む。ウナギ屋さんでだらだら飲んでいるわけにはいかないので、歩いてなじみのH居酒屋に転戦する。

 H居酒屋では、酒メニューの上から順番に飲むことに決めており、今回は「聖」を飲む番だ。わたくしにとって、初めての蔵のお酒だ。期待を込めていただいてみる。まずは冷酒で。

 酒蛙「甘いっ! 濃醇だ」

 店主「甘苦っ」

 酒蛙「上立ち香は控えめながら、ややフルーティー。含むと甘苦。甘みの方が強い」

 店主「酸がすくないかな?」

 酒蛙「うん、酸はすくなめだけど、ちゃんとある。総じて甘旨酸っぱい。その中で、甘みが一番出ている。とろり感がある。余韻の苦みが強いなあ。宴会などで長時間、量を多く飲むにはすこしきびしいかな」

 次にぬる燗にしていただいてみる。燗ができるのを待っているあいだ、わたくしは「たぶん、酸が出てくるよ」と予想する。さあ、ぬる燗ができてきた。

 酒蛙「あ、やっぱり酸が出た」

 店主「あ、本当だ」

 酒蛙「酸っぱい。いいね」

 店主「甘みは依然としてあるけど、気にならなくなった」

 酒蛙「甘旨酸っぱい。それぞれの味の要素の強さは、みんな同じくらい。いいなあ。この酒の場合、俺は冷酒よりも燗酒の方がいいなあ」

 店主「余韻が苦いなあ」

 酒蛙「うん、余韻は苦み」

 店主「甘くて酸があって、いいなあ」

 ラベルの表示は「原料米 兵庫県産山田錦100%、精米歩合50%」。

 気になるのは、瓶のラベルに達筆で歌が詠まれていること。古文書系はからっきし駄目なわたくしなので、蔵のホームページに解説文が載っていないかなあ、と探してみたら、あった。「聖の酒」と題し、以下の記事を掲載している。

「酒の名を 聖とおほせし古の 大き聖の言のよろしさ」と、万葉の歌人である大伴旅人が詠うように、聖(ひじり)とは良く澄んだ酒を意味します。上州赤城山西南麓の自然水と蛍の舞う緑豊かな自然環境の中で酒造りを始め、七代160余年の長きにわたりその伝統と技を継承してきました」

 ラベルにデザインされた歌は「酒の名を 聖とおほせし古の 大き聖の言のよろしさ」だったんだ。しかし、それでもラベルの文字は読めない。嗚呼。

 この歌についてサイト「万葉集入門」(解説:黒路よしひろ)は、分かりやすく解説している。以下に転載する。

「酒の名を聖(ひじり)と負(おほ)せし古(いにしへ)の大(おほ)き聖の言(こと)のよろしさ

酒のことを聖と呼んだ昔の大聖人の言葉のよさよ。

大伴旅人(おほとものたびと)の酒を誉める歌として詠んだ十三首のうちの一首。これは中国三国志の時代、魏(き)の国の曹操(そうそう)が禁酒令を出したとき、徐獏(じょばく)が禁酒令を破り清酒を『聖』、濁り酒を『賢者』と呼んで飲んだ中国の故事をもとにしたものです。徐獏らは聖人ではありませんが、旅人はあえて酔人を聖人と評して詠みました。

『酒を聖(ひじり)と呼んだ大陸の昔の人の言葉のすばらしさよ』

昔の偉い人もこのように酒を愛していたのだとの自分自身の境遇に重ね合わせて故事を読む気持ちは、旅人の時代から千年以上も経った現在のわれわれとも共通する感情ですよね」

酒蛙