メニュー 閉じる メニュー
文化

文化

日本酒津々浦々

日本全国津々浦々のさまざまな日本酒のコラムです。

【2363】小鼓 純米吟醸(こつづみ)【兵庫】

2016.3.24 17:53
兵庫県丹波市 西山酒造場
兵庫県丹波市 西山酒造場

【祝日の夜 全3回の③完】

 休日の夜、夕食をとるため、近くのうなぎ屋へ。ここの定番酒は、地酒3種類ほど。しかし、店主が酒好きで、いつも“隠し酒”を冷蔵庫に入れている。だからわたくしは「店主のお薦めの酒を」と注文している。今回の酒は「越乃景虎 本醸造 超辛口」だった。

 うなぎの肝焼きを2串と「越乃景虎」を冷酒と燗酒で合わせ、仕上げは、うな丼(ご飯半分)。このパターンがすっかり定着している。人気店だから、肝焼きを食べるときは午後2時ころまでに注文しておかなければならない。

 店を出て、自宅方向に歩いていったが、飲み足りないので、途中のZ料理店の暖簾をくぐった。この店は自宅の近くにあるので、常連になっておけばなにかと便利だろう、と考え、この1カ月半のうち4回訪れ、店主から認知された。この店での1本目は、「水芭蕉 雪ほたか 純米大吟醸」。

 続いて飲んだのは「小鼓 純米吟醸」だった。以前、同じような「小鼓 純米吟醸 紺ラベル」(当連載【94】で紹介済み)を飲んだことがある。で、蔵に直接電話をしてみた。蔵関係者がこたえて言うには、ラインナップが変わり、いまは「小鼓 純米吟醸 紺ラベル」を売っていない。紺ラベルは全量「五百万石」だったのに対し、今の「小鼓 純米吟醸」の使用米は、麹米に「兵庫北錦」、掛米に「五百万石」を使ているのが違うところだ、との説明を受けた。

 さて、「小鼓 純米吟醸」をいただいてみる。すっきり、キレが良く、シャープな飲み口。酸が最初から最後まであり、途中から辛みが出てくる。旨みは適度。全体として、酸が立ちやや辛口の、すっきり、さっぱりした飲み飽きしないお酒だった。食中酒に非常に適している、とおもった。すっきりしたタッチなので、刺身や味がデリケートな和食にも合うし、酸が立っているのでけっこう味の濃い料理にも対応できるのではないか、とおもった。わたくしは、カレイの煮付とこの酒を合わせた。

 裏ラベルによると、原料米と精米歩合は「麹米 『兵庫北錦』50%、掛米 『五百万石』58%」。「兵庫北錦」は兵庫県立中央農業技術センター酒米試験地が1974年、母「なだひかり」と父「五百万石」を交配。育成と選抜を繰り返し品種を固定。1986年に命名、1987年に種苗法登録された酒造好適米。

 また、裏ラベルによると、この酒と料理の合わせ方は以下の通り。「和食の味を壊さないと海外で絶賛! 刺身・寿司・酢の物などの繊細な和食と一緒にお飲みください。冷や・常温・ぬる燗といった温度の違いで変わる味わいもお愉しみください」

 酒名「小鼓」の由来について、蔵のホームページは、以下のように説明している。

「弊蔵の三代目社長に西山泊雲がおりました。泊雲は、俳句に傾倒しており、高浜虚子先生とも非常に親交が深かくありました。西山泊雲は(本名:西山亮三)は、明治10年4月3日、丹波市(旧・氷上郡)市島町の西山酒造場の長男として生まれ、俳句に傾倒するに至ったのは、泊雲弟でホトトギスの俳人でもあった野村泊月の影響でした。明治36年に泊月の紹介で高浜虚子に会い、俳句に没頭し、遂には弟の泊月と並び『丹波二泊』と称されるまでになりました。その後も俳句を通じ泊雲と高浜虚子は親交を深め、1914年(大正3年)には高浜虚子の命名で、清酒『小鼓』が誕生しました」

 瓶の裏ラベルには、その西山泊雲の俳句が載っている。

「酛唄に つづく くだかけ 寒造」

 酒の仕込みは、厳寒のまだ夜が明けない時間から始まる。そのような中、米、麹をひたすらすりつぶす辛い辛い酛摺り(もとずり)作業(生酛仕込みの酒母をつくる作業)が行われる。杜氏や蔵人たちは、辛い酛摺り作業から少しでも気を紛らわせるため、みんなで酛摺り唄を唄いながら作業をする。そうしているうちに夜が明け、鶏が鳴きだした。

 わたくしが解釈するに、この俳句の大意は以上のようなものとおもう。

 ところで、「小鼓」のラベルは、いつも芸術性が高く非常にユニーク。見るだけでも楽しい、すばらしいデザインだ。蔵のホームページは、ラベルデザインの作者について、以下のように紹介している。

「西山酒造場の一つの個性となっている、存在感あふれるデザイン。それは無■庵(■は、さんずいに方)・綿貫宏介氏が表現する、夢幻の世界。

芸術家 無■庵 綿貫宏介 1925年生まれ。知る人ぞ知る独特の作風で、日本を代表する美術作家の一人。戦後初の留学生としてリスボンへ遊学。ポルトガル及びスペインに15年滞在し、ヨーロッパ、アフリカ、南アメリカを訪ねる。その際、美術の才能に目覚め、南ヨーロッパの美術界に名を馳せる。

リスボン国立モダンアートミュージアム等、ヨーロッパやアフリカの博物館に合計41点の作品が収蔵されているほか、約20点の書画集を発表している。ポルトガル及びスペインにて伝説的な美術家として知られるようになると、日本へ帰国。神戸及び有馬温泉にある小さなアトリエにて素晴らしい作品を作り続けている。

綿貫氏は独自の生活様式と美意識を持ち、『無■庵』を名乗る。彼にとって、絵や陶器、ガラス等は自身の完成と世界観を表現する手段となる。禅的日本思想等の東洋思想に影響を受けた彼の作品は、詫び寂び、渋み、閑等の美しさが滲み出ている。文字や言葉の生まれた起源を探求し、古代中国の漢詩にも精通しており、無■庵の世界には、魅力的で遊び心に溢れる言葉や文字に溢れている」

酒蛙

関連記事 一覧へ