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日本酒津々浦々

日本全国津々浦々のさまざまな日本酒のコラムです。

【2394】国士無双 本醸造 辛口清酒(こくしむそう)【北海道】

2016.4.25 23:25
北海道旭川市 高砂酒造
北海道旭川市 高砂酒造

【函館にて 全3回の③完】

 去る3月26日に北海道新幹線が開業した。北海道がついに新幹線で結ばれた。おそらくは、観光客が大勢、函館に押し寄せるだろう、とおもい、にぎやかになる前に函館に遊びに行った。といっても、函館には何回か訪れており、名所はあらかた知っている。今回は、毛ガニを食べるのを最大の目的にした。

 函館に着いてすぐ毛ガニを食べたため、所期の目的を早々と達成。あとは居酒屋で飲むだけ。函館市内の居酒屋は非常に多いが、驚いたことに、どこもかしこも「活魚」をウリにしている。わたくし、酒を飲みながら刺身を食べない。ましてや、死後硬直で硬く旨み・甘みが全くない活魚の刺身は全くの苦手だ。が、活魚居酒屋ばかりなので、しょうがなく、そのなかの一つに入り、鍋をアテに酒を飲むことにする。

「吟風國稀 純米」「北の誉 純米 心白」と飲み進め、最後3番目に選んだのは「国士無双 本醸造 辛口清酒」だった。「国士無双」は、広辞苑によると「天下第一の人物」という意味なんだそうだが、わたくしは「国士無双」といえば麻雀の役満名を瞬間的に連想する。しかしわたくし、「国士無双」を振り込んだことがあっても、「国士無双」で上がったことはない。嗚呼。

 この酒のラベルは、見るからに燗酒向きの顔をしているので、冷酒ではなく、熱燗を所望する。

 おおおっ! 甘みがくる。「国士無双」というと、淡麗辛口酒のイメージだったが、こんなに甘みが出ていたっけかなあ、と瞬間的におもう。そして間髪を入れず次に辛みが来る。そして、次に酸がくる。余韻は酸が中心。コンマ何秒かの間に、頭の中で以上のような思考が駆け巡る。とにかく、酸がいい。熱燗レベルから温度が下がっていくにつれ、酸はさらに出てくる。酸味酒フリークのわたくしとしてはうれしい限り。バランスが非常に良い酒で、これも前2つの酒同様、全く飲み飽きしない。食中酒に最適。非常に旨い燗酒だった。

 蔵のホームページはこの酒を「引き締まった酸味とやわらかな香り、きりっとした飲み口の飲み飽きしない淡麗辛口酒」と紹介している。「引き締まった酸味とやわらかな香り、きりっとした飲み口の飲み飽きしない」までは、まったくその通りだとおもう。しかし、「淡麗辛口酒」にはすこし疑問がある。甘みがけっこう出ており酸・辛・旨と絡み合い、全体的にしっかりとした味わい。濃淡度でいえば、中口くらいに位置する味わいだとおもった。

 瓶のラベルの表示は「原材料名 米・米麹・醸造アルコール(原料米はすべて国産)、精米歩合60%」にとどまるが、蔵のホームページは「原料米/美山錦・道産米」と原料米の品種名を開示している。

 酒名「国士無双」の由来について、瓶の裏ラベルは、以下のように説明している。

「約2200年前の中国、漢の時代の武将・韓信を称した言葉が『国士無双(こくしむそう)』です。劉邦に仕えた韓信の才能を、国に二人といない傑出した人材と讃えたこの言葉に因み、天下に二つとない、後世に語り継がれるような酒にとの願いを託して、この清酒『国士無双』が生まれました。

 1975年の発売以来、大雪山に源を発する雪清水を仕込水とし、杜氏を始め蔵人が凛冽な寒気の中で精進し醸す、淡麗で爽やかな風味が、今では北海道を代表する地酒として皆様に親しまれ、愛されております」

 また、蔵のホームページは、「国士無双」がわが国の酒造業界に与えた影響と、酒名にまつわるエピソードを紹介している。長文だが、興味深い内容なので、以下に転載する。

   ◇

■淡麗辛口ブームに火をつけた「国士無双」ブランド。

 昭和50年の誕生以来、男性的かつ爽やかな辛口の旨さで評判になった「国士無双」。中国の史記に由来するその名は今からおよそ2200年前、漢の時代に活躍したとして武勇伝が残る将軍・韓信を「国士無双(天下に二人といない傑出した人材)」と称えたという逸話にちなんだもの。天下に二つとない酒、後世に語り継がれるような酒に、との願いを託して三代目蔵元が命名いたしました。

 現在、「国士無双」の銘柄名で展開しております酒は、大吟醸酒から季節限定酒まで全10数種。日本酒の流れを変えたと言われるその酒は、誕生から四半世紀を越え、その味はますます磨かれ、研ぎ澄まされて、全国の皆様の喉と心を潤しています。

 「国士無双」が誕生するまで、昭和30年代から40年代にかけて、清酒は甘口が主流でした。それは当時の嗜好というよりはむしろ時代の流れ。終戦後、ほとんどの酒造メーカーが、少ない原料米から少しでも多くの酒を造ろうとしてアルコール度数を上げ、水で薄めていたため、辛口の酒しかなかった昭和20年代から昭和30年代初頭。その反動で、原料の心配がなくなってくると、清酒は一気に甘口へと転じました。甘口全盛時代はしばらく続きましたが、その後、昭和40年代半ばになって酒の味や品質があらためて問われ始めるようになり、高品質な辛口の酒へのニーズが高まっていきました。そんな時代の流れをいちはやく掴みとり、高砂酒造が一念発起して世に送り出したのが辛口清酒「国士無双」なのです。

■ネーミングにまつわるエピソード

 「国士無双」というネーミングを考案したのは、三代目蔵元である小檜山亨。中国の歴史家・司馬遷の『史記』の中の韓信列伝から引用した「国士無双」というこのネーミングは、大雪山の雪清水と凛冽な北国の寒気が醸す男性的な辛口清酒のイメージを印象づける上で非常にインパクトがあり、一度聞くと忘れられない名として好評を博しました。しかし、英雄の武勇伝よりはむしろ麻雀の十三公九で連想される方が多く、三代目蔵元は後に、国士無双という満貫役名の云われを調べ、諸説を尋ね歩いたと言います。

 そのインパクトのあるネーミングにふさわしい、まさに天下に二つとない酒「国士無双」。高砂の看板銘柄である「国士無双」は、こうして誕生からすぐに一人歩きを始め、たくましく市場を切り開いていったのです。

酒蛙

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