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ニッポンのGOHAN

全国の新聞社スタッフの食べ歩きブログ。グルメ情報誌に載っていない隠れた郷土料理や意外な日常食、おもしろい食べ方などが満載!

ハム子の復帰を待ち続けた下町のウィンブル丼

2008.7.7 11:07 共同通信
これが下町のウィンブル丼だ!
これが下町のウィンブル丼だ!

下町洋食キッチントキワの名物ウィンブル丼は、ハムカツにハヤシをかけたシンプルなどんぶりである。カツは、ロースハムが4枚重ねでカラっと揚げられ、まろやかでコクのあるハヤシと見事にマッチしている。学生や若いサラリーマンが喜びそうなメニューだ。それにしても、なんで「ウィンブル丼」などという珍妙な名前がついたのか。

 「ウィンブル丼」は生まれて12年前になる。それまでは「ハムカツ・ハイカラ丼」という名前だった。「ハイカラ」というのはハヤシをかけたどんぶりの意味で、ハムカツのほか、トンカツやメンチカツ、エビフライなどのハイカラ丼が存在した。このうち「ハムカツ・ハイカラ丼」だけが「ウィンブル丼」と改名された。きっかけは、2代目店主・保坂厚さん(61)が新聞のスポーツ面の見出しを見ていて「これだ!」とひらめいたことだ。

 そのころの新聞は、伊達公子選手の活躍もちきりだった。スポーツ面には連日のように「伊達公子勝つ」の見出しが踊り、日本選手で初めてウィンブルドンに決勝進出するのではないかと大きな期待がかかっていた。ウィンブルドン。そして公子。この2つの言葉が、保坂さんの脳に化学変化を起こした。

(1)公子の「公」の文字は「ハ」と「ム」でできている

(2)ハム子がウィンブルドンで勝っている

(3)うちのハムカツ・ハイカラ丼をウィンブル丼にしてハム子選手を応援するぞ!

 そんな保坂さんのダジャレ精神から生まれたウィンブル丼だが、肝心の伊達選手が96年のウィンブルドン選手権で大活躍したあと引退してしまった。つまり、キッチントキワのウィンブル丼の12年は、伊達選手を応援できない12年だったというわけだ。

 しかし、である。

 驚くべきことに、伊達選手はことし2008年に37歳で現役カムバック。3月に有明コロシアムで行われたエキシビション戦でグラフやナブラチロワを下して世間をあっと言わせ、4月のカンガルーカップ国際女子オープンではシングルス準優勝、ダブルス優勝! 東京有明国際女子オープンシングルスで優勝。なんと、ハム子が勝っているのだ!

 「待ったかいがありましたよ」と一方的にエールを送り続ける保坂さん。下町の小さな洋食さんに、伊達選手が食べにくる日は・・・きっとある!!

 

 

共同通信編集局デジタル編集部デスク・畑仲哲雄>
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