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文化

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村上春樹さん特別インタビュー①

2019.6.17 6:00 共同通信
今年刊行された文庫版の「騎士団長殺し」
今年刊行された文庫版の「騎士団長殺し」

 

休まず書き続けた 
最初に題名だけがあった 秋成「二世の縁」と重ねて

 

  村上 ちょうど40年前の5月に、群像新人賞をもらいました。授賞式は確か5月8日。会場は新橋の第一ホテルでした。

 ―40年間、現役で出ずっぱり。夏目漱石でも作家活動は10年ほどです。休まず小説を書き続けてきた、本当に珍しい作家ですね。

  村上 10年くらいごとに節目があって、その節目ごとに小説や文章のスタイルが変化してきて、自分でも書いていて飽きなかった。いつも新しい目標があった。それがよかったのではないかな。

 ―その多くの作品の中で文庫が出たばかりの長編「騎士団長殺し」についてまずお聞きしたい。

  ▽響きに惹かれて

  村上 これは題名が最初なんです。もちろんモーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」から思いついた題ですが、「騎士団長殺し」という言葉の不思議な、不穏な響きに心を惹(ひ)かれて、そういうタイトルで日本を舞台にした物語が書けないものかと、そこから始まったんです。

 ―題名だけですか。

  村上 「海辺のカフカ」のときもそうですよ。「海辺のカフカ」というタイトルが先にできて、そこからどういう物語ができるだろうかと考えていくんです。だから物語が立ち上がって、実際に書き始めるまでにけっこう時間がかかります。先に題が決まらなかったのは「ノルウェイの森」ぐらいかな。あれは最後まで、題名が決まらなかった。

 ―確か「雨の中の庭」も題の候補だった…。

  村上 それと、今回は上田秋成の「二世(にせ)の縁(えにし)」という物語が、どこかで繫(つな)がらないかと思いました。

 ―「春雨物語」の一話。地中から即身仏(断食死し、ミイラ化した行者)を掘り出す話ですね。

  村上 東北を旅して幾つかのミイラを実際に目にしたことがあります。たまたま京都の古本屋でミイラの作り方みたいな内容の本を見つけて読んだりもしました。

  ▽横にしか歩けない

 ―「海辺のカフカ」にも、上田秋成の「雨月物語」が出てきました。

  村上 秋成は好きです。とくに「二世の縁」が好きなんです。即身仏を掘り出したら、ろくでもないやつになっていたという話。

 上田秋成という人は世の中をすねた人だから、そういう屈折した話を書くんです。ただの怪異譚(たん)ではない。

 ―なるほど。

  村上 僕の父親の実家は京都の浄土宗のお寺です。父親が死んだときに、やはり浄土宗のお寺の住職がお経を読んでくれたんです。その住職と話したら、そのお寺には秋成の墓があるというので、お願いして見せてもらいました。

 見ると、お墓に蟹(かに)が彫ってあるんです。なぜなのかを聞いたら、世の中をすねた秋成が、横にしか歩けないものを墓に彫ってくれと言い残して、死んだんですって。

 ―面白い話。

  村上 秋成は晩年、そこの寺でちょっとお世話になっていたようです。

  ▽暗闇の魑魅魍魎

 ―その秋成「二世の縁」と「騎士団長殺し」が重なっていく…。「騎士団長殺し」は、主人公が住む家の敷地内の雑木林を掘ると、昔にあった「穴」が出現する物語。

 

2018年11月4日撮影、東京都新宿区の早稲田大学
2018年11月4日撮影、東京都新宿区の早稲田大学

 村上 僕が書く話は、無意識というか潜在意識というか、意識の底にあるものを探究していくことが、自然にテーマになってしまいます。意識を掘っていくと、その底にあるのは一種の魑魅魍魎(ちみもうりょう)です。そういう暗闇の中から何を引っ張り出してくるのかというのは、最終的には勘に頼るしかないですよね。意識を集中して勘に身を任せるしかない。ロジックやら前例に頼っているわけにはいきません。ある意味危険なものですから。

 「羊をめぐる冒険」では「羊男」でした。「ねじまき鳥クロニクル」では「井戸から〈壁抜け〉していったところにある世界」でしたし、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では「やみくろ」でした。

 今度は「騎士団長」が出てきたわけです。

 

過去からのメッセンジャー

人間ならざる存在  ズレ方と重なり方に興味

 

 ―騎士団長が登場する場面を心待ちにして読みました。身長60センチほどで、かわいいですね。

 

  村上 あまり大きいと扱いがたいへんなんです。どうしても威嚇的になりますしね。小さい方がコンパクトで、集中的で扱いやすいんですよ。すべてのサイズが均等に縮小されている。一つの存在ではあるけれど、日常からは隔絶されている。

 ―「海辺のカフカ」ではフライドチキン店の人形であるカーネル・サンダーズやジョニー・ウォーカーという人間ならざる存在が登場しました。でも、これだけしばしば登場して、物語を動かしていく人間ならざる存在は初めてです。

  村上 確かに、騎士団長のようにずっと出てくるのはなかったですね。

 ―その騎士団長は自分は「イデア」だと宣言しています。つまり「観念」だ、と言っている。

  ▽オルター・エゴ

  村上 その通りなんですが、意味を一つに固定するのは無理があると思います。書き終えてから思うことですが、騎士団長は登場人物たちのオルター・エゴ(分身)の集合体かなとも思うんです。それぞれの人物の違う側面を映す鏡のようなものかもしれない。

 それともう一つは、歴史的な繫がりというか、過去からのメッセンジャーかもしれない。ただし、そういうのはどれもみんな一つの可能性であって、正解は僕にもわからない。読者にそれぞれ考えてもらうしかない。

 ―中立的な存在のように書かれていました。

  村上 善なる存在とは言いませんが、悪ではないですよね。そういう価値観を超越した「導く者」でもあると思います。そして誰にでも見えるものではない。見えるものにしか見えない。

 ―その騎士団長の言葉遣いが印象的。「あらない」という言葉をつかうし、相手が1人しかいないのに、いつも「諸君」と語りかけています。

  村上 そういうのをどう訳せばいいのか、翻訳者たちはずいぶん困ったみたいです。

 ―常に「諸君」と語りかけられる主人公は、騎士団長には「二人称単数」がないみたいだと感じている。そして「あらない」は「ある」の否定形で、やっぱり観念的な存在だと思わせる言葉です。

  ▽ニヒト・ザイン

  村上 そうです。ドイツ語の哲学書の翻訳書みたいな感覚もありますね。「あらない」はドイツ語の「ニヒト・ザイン」(存在しない)という感じですかね。僕は翻訳をずっとやっているので、一つの言葉をいろんな形に置き換えることは割と慣れています。だから自然とそういうものが浮かんでくるのかもしれない。言葉の響きって、僕にとってはすごく大事なんです。音楽の影響もあるかもしれないけど。

 ―たくさん翻訳もやり、海外に行くことも多い。長期間、外国に滞在したこともある。でも村上作品の長編はすべて日本を舞台に書かれてきました。この「騎士団長殺し」も日本が舞台です。

  村上 僕は、「内なるもの」と「外なるもの」とを入れ替えていくことに興味があるのかもしれない。例えばこの小説では、西欧的であるはずの「騎士団長」が、日本の飛鳥時代の衣装で登場します。だから読者もこれはいったい何だろうと、その違和感に興味を持ちます。彼が「ドン・ジョバンニ」そのままの格好で出てきたら話にならないですよ。

  ▽移行可能な文化

 ―確かにそうかも。

  村上 僕がデビューした頃は、海外渡航ものみたいな作品が多かった。でも僕はそういうものにはあまり気持ちを惹かれなかった。それよりは意味の交換作業みたいなものに興味があったんです。精神的物々交換というか。そのためには小説言語の洗い直しが必要でした。既成の文体ではそんなことはとてもできなかったから。

 ―その日本を舞台にした作品が、海外に翻訳されていくわけですね。

  村上 古代日本の衣装をまとった騎士団長という「イデア」「観念」が、文化の違いがあっても移行可能であるということだと思います。

 一方で同じ観念であっても、それが根付く土壌によって、意味の違いが出てくる。そのズレ方と重なり方というものに興味を持って書いているのです。(聞き手は文芸評論家・湯川豊氏、共同通信編集委員・小山鉄郎)

 

あらすじ「騎士団長殺し」

 肖像画家で、36歳の「私」は、ある日、妻から別れ話を告げられて家を出る。新潟、北海道、東北を車で移動した後、友人の父で高名な日本画家・雨田具彦が使っていた小田原郊外の家に住む。
 この家の屋根裏から雨田が描いた絵「騎士団長殺し」を見つけるところから物語が動きだす。近くに住む謎の資産家・免色渉や、その娘かと思われる13歳のまりえらの肖像画を「私」が描いていくという静かな物語の中に、雨田が関わったナチス・ドイツによるオーストリア併合や雨田の弟が関わった南京大虐殺と呼ばれる戦争中の出来事が重なって進んでいく。
 絵から抜け出てきたような騎士団長とは何なのか。家の敷地内に出現した穴とは何か。妻と「私」はどのようにして関係を回復していくのか。それらを巡って物語が進む。

 

村上春樹さんの略歴

 むらかみ・はるき 1949年京都市生まれ。早稲田大卒。79年「風の歌を聴け」でデビュー。「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で谷崎潤一郎賞。「ノルウェイの森」が大ベストセラーに。地下鉄サリン事件の被害者たちに聞いたノンフィクション「アンダーグラウンド」もある。フランツ・カフカ賞、エルサレム賞、カタルーニャ国際賞、ウェルト文学賞、アンデルセン文学賞など海外の賞も多数受賞。他の長編に「羊をめぐる冒険」「ねじまき鳥クロニクル」「海辺のカフカ」「1Q84」「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」など。最新長編「騎士団長殺し」を2017年に刊行。昨年英語版も刊行。

 

インタビュアーの略歴

 ゆかわ・ゆたか 1938年新潟市生まれ。文芸春秋編集総局長を務めた後、東海大や京都造形芸大の教授を歴任。文芸春秋時代に「村上春樹ブック」を編集。「須賀敦子を読む」で読売文学賞。
 こやま・てつろう 49年群馬県生まれ。共同通信編集委員。村上春樹作品を考察した仕事で日本記者クラブ賞。著書に「村上春樹を読みつくす」、湯川豊氏との対談本「村上春樹を読む午後」。