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ウイスキーと映画と古き良き友

2017.12.20 13:02 洞口依子(どうぐち・よりこ)
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酒は人を選ばず。ブレードランナー「2049版ジョニ黒」
酒は人を選ばず。ブレードランナー「2049版ジョニ黒」

 

 何を飲もうか。

 私は、映画に出てくる酒のあれこれを思い出していた。

 忘年会という名ばかりの会合から離れ、辿り着いた酒場で。

 

 卓を囲んだ酔いどれ5人衆。

 彼らはアイラモルトウイスキーをショットグラスで飲んでいた。

 

 その姿がなんだかタランティーノ映画みたいで『レザボア・ドックス』にそんな場面はなかったか? いや、それは某国産ウイスキーのCMで使われたジョージ・ベイカー・セレクションの『リトルグリーンバグ』のあのサントラの印象が強いだけだろう。

 脳内をぐるりと一周して自問自答を終えると、さほど飲みたいわけでもないペルノーと水が一対一に注がれたグラスを手に佇む自分がいた。

 

 酔いどれ5人衆はさっきからアイラモルトウイスキーの話題で盛り上がっている。

 スコットランドのアイラ島で醸造されるウイスキーのことを、アイラモルトウイスキーと呼ぶそうだ。特徴としては、海藻類が堆積したピート(泥炭)によるヨード香が強いスモーキーな香り。

 

 アイラ島は、ウイスキー好きにとっての「聖地」とも言われている。

 淡路島ほどの面積の小さな島。

 海沿いに8箇所ほども蒸留所がある「蒸留銀座」だ。

 

 強い海風が打ち付ける岩礁に囲まれた島の陸地。

 果てしない湿原で網目のような川が走り、島に吹く潮風とピート原野なしではアイラモルトウイスキーが持つあの独特な味わいにはならない。

 人によっては、アードベックやラフロイグの香りがヨードチンキや正露丸だのと思うだろうが、あれはアイラのピート香のおかげなのである。アイラモルトはかなり個性的で好き嫌いがはっきり分かれるウイスキーだとも言えよう。

 

 ウイスキーという酒を日頃嗜まない私でも、ピートくらいは知っている。

 朝の連続テレビ小説『マッサン』の主人公・亀山雅春(実際のニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝社長がモデル)が、最後までこだわり続けたのがこの「ピート香」だったからだ。

 北海道でピートに出会って狂喜するマッサンの姿は、熱心に朝ドラを見ない私ですら、よく覚えている。

 実は私、そのピート香がちょいと苦手なのだ。

 

 酔いどれ5人衆の卓上には、アイラ島を覆う分厚い雲のようなピート香の塊ができていて、それはまるで時代錯誤な英国摂政時代のリージェンシースタイルな酔いどれ酒場の一卓を思わせた。

 

 それにしてもこの5人で会うのは1年ぶりだろうか。

 久々に再会した古き良き友との話は尽きない。

 

 ピート香の厚い雲のかかった卓を囲み、アードベッグやラフロイグで杯を交わすうち、いつしか『ブレードランナー2049』(2017年公開 ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督)で、ハリソン・フォード扮するデッカードがあの砂漠のホテルで飲んでいた「ジョニ黒」の話へ。

 

 「ジョニ黒2049」

 正式名称「ジョニーウォーカー ブラックラベル ディレクターズカットエディション」。

 『ブレードランナー2049』の近未来なイメージと映画のストーリーやドゥニ・ヴィルヌーヴ監督にインスピレーションを受けて特別にブレンドされた逸品。アルコール度数も、2049にちなんで49度あるらしい。

 

 「ダジャレかい!」

 「いや本当なんだよ。俺さ、実は何本かすでに手に入れちゃった」

 そう語る彼はブレードランナーの古くからの大ファン。

 ブレードランナーにはマニアなファンが多いと聞くが、こんな近くにいたとは。 

 

 ジョニーウォーカーという酒は映画によく出てくる。

 たとえば、スパイ映画。

 英スパイ小説の大家ジョン・ル・カレ原作による『裏切りのサーカス』(2011年)。ゲイリー・オールドマンが、ジョニ黒を持って元イギリス情報部(サーカス)のソ連分析官のコニーを訪ねて行く場面では、紅茶に入れて彼女と一緒に飲んでいたり、他の場面にもジョニ黒が登場する。

 

 邦画では、小津安二郎監督作品『秋刀魚の味』(1963年)。

 中村伸郎が住む高台の家へ笠智衆が訪ねて行く場面。

 友人と碁を打ちながら中村が「それ勝手にやってくれ」と笠智衆にすすめる酒がジョニーウォーカーの赤ラベルだ。

高級ウイスキーの代名詞であるジョニーウォーカーを気軽に飲む事から、ちょっと裕福な中流階級の暮らしをしているということを想像させたりする。

 

 ジョニ赤、ジョニ黒の愛称で、庶民に親しまれた舶来洋酒。

 昭和の時代、サラリーマン家庭でよく見かけたサイドボード。

 そこには誰かの海外土産の洋酒瓶が丁寧に飾られていた。

 我が家のサイドボードにも、部屋のお飾りとして燦然と先頭に並ぶジョニ黒。ボトルにある大股で闊歩する英国紳士・ストライディングマンのシルエット姿があったのが子供心に懐かしい。

 

 ジョニーウォーカーには、40種類もの酒をブレンドし12年以上寝かせた黒ラベルのほか、赤、グリーン、ゴールド、ブルーなどのラベルもあるらしい。

 昭和50年代以降、酒税法が変わったせいなのか、舶来盲信の洋酒ブームも去り、バブル期に入るとドンペリや高級ワインが大流行する。

 そして再び、日本にウイスキーブームがやってくるのだが、それは国産ウイスキーだったりするのだから、本当に面白い。

 

 話は戻り、ジョニ黒2049。

 後日、貴重なボトルをご相伴に預かる機会を設けてもらった。

 ブレードランナーのロゴの付いたスペシャルエディション。箱の内側には映画に出てきた砂漠の街並みが描かれ、いかにもマニアが狂喜しそう。マニアならばこの箱だけでもテンションが上がるだろう。

 

 ボトル自体は映画で見た印象よりもモダン。でもなんとなくリステリンのボトルを思い出してしまうのは私だけだろうか。

 

 劇中のグラスも用意されていた。

 1982年版のデッカードグラスというキュビズムみたいなカットグラス。 

 底は楕円なのに上から覗くと丸いという不思議なデザインのグラス。

 これは2049年版の新作グラスだそうだ。

 こんなカタチのグラスだったのか。

 

 劇中でグビッとジョニ黒を煽るデッカード(ハリスン・フォード)と

 飼い犬(アンドロイド犬)にもジョボジョボ与え、床に滴るウイスキーをぺろぺろ舐めていた場面がふとよみがえる。

 

 味は、いわゆるちょっとスモーキーなスコッチウイスキー。

 でもゆっくり味わっているうちに、フルーティーでちょっとバニラ風味すら感じる味わいに変幻するからこれまた不思議。これもブレンデッドウイスキーの特徴なのだろうか。

 

 ゆっくり飲む。

 そうか、ウイスキーという酒はゆっくり時間をかけて味わうものなのかもしれない。

 

 例えば、小説を読みながら。あるいはユニコーンの折り紙とかを折りながら。 

 熱いジャム入りの紅茶に、ほんの1、2滴垂らしてみるとか。

 苦手なモノもゆっくり付き合うことで、良き友になれたりする。

 

 「命の水」とも呼ばれるウイスキー。

 綺麗な水から作られるスコットランドのウイスキーは人々にとっての健康的効能や喜び哀しみをも共に分かち合う、現代人の癒しである。

 

 スコットランドの詩人ロバート・バーンズ。

 彼の詩は酒にまつわる詩が多い。

 絶望に打ちひしがれている者、悲しみと不安で踏みにじまれている者こそ、強くて血を燃やす良い酒を泥酔するほど飲み、自分の悲しみで苦しむことはない、と詠んでいる。

 

 バーンズといえば、スコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」(蛍の光の原曲)。大晦日のカウントダウンを終えると聞こえくる“古き良き友との再会を喜び顧みる”あの歌。 

 

 そうだ、この酔いどれ5人衆との1年ぶりの再会に杯を交わそう。

 35年ぶりのブレードランナーのジョニ黒で乾杯しよう。

 酒は人を選ばず酔わせてくれる。

 哀しみは半分に、嬉しさは何倍にもしてくれる酒。

 

 さて、次なるウイスキーバーを探し歩き始めた酔いどれ5人衆。 

 足並みそろえ、胸を張って一歩一歩前進。

 友と一緒に歩いた時間は私の記憶の一片に刻まれるのだ。

 

 人生は「Keep Walking」なり。

洞口依子(どうぐち・よりこ)

名前 :洞口依子(どうぐち・よりこ)

プロフィール:女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。