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みうらじゅんフェス「バ還暦」に思うこと

2018.3.6 17:41 洞口依子(どうぐち・よりこ)
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みうらじゅんフェス
みうらじゅんフェス

 

 「人生の三分の二はいやらしいことを考えてきた」

 毎度、この秀逸な書き出しではじまる週刊文春のエッセイ『人生エロエロ』。その著者みうらじゅんさんが、「バ還暦」(バカ+還暦)記念の展覧会を開くと聞き〝のらのら〟出かけてきた。


 「バ還暦」とはよくぞ言ったものだ。

 「バカでも還暦を迎えられる」という意味らしいが、還暦とバカが化学変化を起こしてポップになる。


 みうらさんのネーミングセンスにはいつも唸らされる。

 すっかり定着した「ゆるキャラ」。
  もともと地方自治体のさえないキャラクターだったが、みうらさんが名前をつけてからじわじわと魅力が出た。

 それらを語るときのみうらさんはちょっと噺家みたい。 
 『人生エロエロ』の書き出しなんて、まるで落語の枕みたいではないか。


 さて、その展覧会。

 『MJ’s FES みうらじゅんフェス! マイブームの全貌展 SINCE1958』。

 みうらじゅん生誕60年を記念した企画展だ。


 「MJ教」信者を自認する夫に誘われ辿り着いた先は、うららかな多摩川沿い等々力緑地の一角にある「川崎市市民ミュージアム」だった。

 「川崎市市民ミュージアム」は、歴史民俗の「博物館」と大衆芸術の「美術館」という二つの側面があり、「こだわりの企画」が特色だという。

 なるほど、みうらさんの作品にふさわしいミュージアムなんだな。
  だけど、みうらさんの作品って……いったい何が展示されているの?


 不安気な私をよそに、すたこらとミュージアムへと駆けていく夫。

 その後ろ姿をのらのらと追いかけ、早速入場。

なぜかピースサインのお姉さん。でも多分大人2枚のサイン
なぜかピースサインのお姉さん。でも多分大人2枚のサイン

 

 「展示会場の順路はこちらです」

 チケットもぎりのお姉さんに促され入ってゆくと、目の前に不思議な光景が広がった。

 「こ、こ、これは……!?」

 そこは、みうらさんが生きてきた時代、まさに「SINCE1958」(昭和33年)。

 まるで異星にワープしたような、しかしどこか懐かしい昭和の時代が目の前に忽然と現れたような。子ども時代によく遊びに寄ったともだちの家でともだちが隠し持っていた全コレクションを目の当たりにしたような、驚きと笑い。なんとも言えない可笑しさに、私は思わず「エヘヘへ」と笑い声が出てしまった。

みうらさんのこれまでの人生を垣間見られるコレクション
みうらさんのこれまでの人生を垣間見られるコレクション

 

 「よくこれだけ取ってあったよなあ……」

 偶然隣にいたカップルの男性の口から思わず漏れた一言。

 その通りだと横で頷く私。

 誰でも一度はコレクションしたものかもしれない。

 だが、膨大な量のそれらを保管し、展示できるだろうか。

 いったい誰が、どのようにして、これだけのモノをどこに保管していたのだろうか。

 
   “小1デビュー”を飾るのは、国宝ならぬ「ボク宝」の怪獣スクラップ制作。小学1年生から収集癖ははじまり、自作漫画誌、自作新聞、自作エッセイ、アニメ、イラスト、音楽などなど、誰にも頼まれない「ない仕事」を続け現在に至るという、みうらさん。

 怪獣ブームからはじる自作自演のマイブーム展示がずらりと続く中、ふと私の足を止めたのが、10代の頃に書かれたエッセイだった。


  「青春ノイローゼ」と呼ばれるその一連のエッセイはとても詩的(ポエティック)。フランス語に訳したら、なんだか哲学的にすら感じられる気がする。

   それにしても「イタい」。

 それは出し損じのラブレターをずっと取っておくような恥ずかしいイタさに似ている。

 私にも経験があるそのイタさ。
   忘れた頃に読み返し「ああ恥ずかしい」と笑い転げたことがある。
   なので、捨ててしまえばいいものを取っておいてしまう性向はなんとなく理解できる。


 しかし、14歳の「三浦純少年」の文章は、読み返してイタいだけではなく、ゴムまりのように弾んでいる感じにもとれるのだ。

 青春をこじらせている自分をどこかで達観しているというか、バネの強い文章とも言おうか。面白いとすら感じさせる。

 すでにこの頃から、人の関心を集める文章を書く才能が芽生えていたのだ。

 

    実は、この時代の三浦純少年が「みうらじゅん」というプロデューサー的存在を生んだのではなかろうか。

 そして、二人羽織みたいにして、青春ノイローゼの三浦純少年を絶妙なるとんちんかんで救ったのかもしれないと私は想像する。

 そんな想像をしてゆくと、そこからの展示が面白くてずっとニヤニヤしっぱなしだった。

フォークシンガーブームでは楽曲も聴ける
フォークシンガーブームでは楽曲も聴ける

 


 牛、アニメ、などなどマイブームがつづく。

 さらには、鬼籍に入ったわけでもないのに、まるで故人を偲ぶかのような、みうらじゅん仕事部屋再現。


   仕事部屋には、過去の作品ファイル集(これも本物の私物で自由に見られる)や著作本、CDなどなどが棚に陳列されており、テーブルの上には愛用品が展示されている。

 実際の仕事部屋の本棚と本人の等身大写真パネルをバックに、ソファに座って記念写真が撮れる人気撮影スポットだ。

 
 仕事部屋を見ていると、みうらさんがよく口にする「一人電通」という言葉を思い出さずにはいられない。

 三浦純という人間をもう一人のみうらじゅんがプロデュースし、ブームを仕掛け世間に売り込んでゆく。広告代理店がやる仕事をひとりでやっちゃうことを、みうらさんは「一人電通」と呼んでいる。

フェロモンレコードブーム。私の大好きな顔ハメのジャケット
フェロモンレコードブーム。私の大好きな顔ハメのジャケット


 自身の映画祭や音楽ライブを仕掛ける私は「DIY女優」と呼ばれることがある。でも「DIY女優」より「一人電通」の方が断然かっこいい。

  
 お次は、第2展示会場。

 ここからは、ご存知「ゆるキャラ」から最新の「冷マ」(冷蔵庫に貼る広告マグネット)まで、さらなる膨大なマイブームコレクションまみれ。

 その数、そのネーミングのセンスに私はなぎ倒されていくのだ。

冷蔵庫に貼られた広告マグネット「冷マ」に唸る
冷蔵庫に貼られた広告マグネット「冷マ」に唸る

 

   みうらさんは〝キープ・オン〟のひとでもある。

 飽きても続ける継続の力。

 なんの変哲ないモノをみうらさんが見つめ、いじることで魅力を増す。

 


 たとえば「崖ブーム」。

 松本清張の小説に出てくる崖が発端だそうだが、小説を実に読み込んでいる。

 そこへ妙な身なりでみうらさんが佇むだけで、グッドな崖っぷち感が滲みでてくるのだから、摩訶不思議。


 私も2時間ドラマで何度も強風吹き荒れる崖に立ち、長台詞を吐いたりした。

 崖ロケにマンネリを感じたある時「崖ブーム」を知り、私は救われた。

 「うーん、グッドクリフ!」そう呟くだけで、崖ロケでテンションが上がる。多分「崖ブーム」に救われた役者はほかにもいるにちがいない。


    あらためて会場内のひとびとを眺めると、私のようにブームに救われたり、みうらじゅんの脳内探検を堪能して満足なひとびとの顔、顔、顔。

 
 ひとに見せて楽しんでもらうための「構成力」。

 そして珠玉のコレクションから伝わる「飽くなき努力」。

 これらすべてを「キュレーションする手腕」。

 本当に見応えたっぷりの展覧会だ。

みうらさん発案のゆるキャラ戦隊ものとポーズ
みうらさん発案のゆるキャラ戦隊ものとポーズ


 見終わって、みうらさんの「バ還暦」からの「グレイト余生」も感じられた企画展。

 煩悩を消してゆく余生。

 還暦とは、暦がスタート地点に還ること。

 赤ん坊になって第二の人生が始まるという意味。

 だから「赤いちゃんちゃんこ」を着るのだ。

 

 なるほど。還暦を迎えたみうらさん。

 こうして「ない」から始まって「ない」へ向かおうとしているのかもしれない。

 でも、どこかで「老いるショック、多いに結構!」と叫びながら、もらったひとが嫌がる「いやげもの」を買いまくり、役立たずの「変抜き(使えない変な栓抜き)」で無理くり瓶ビールを開けて飲みながら、コクヨのスクラップ帳にヤマト糊で貼るES(エロスクラップ)を作り続け、キープ・オンを貫くのだろう。


 そして、いつまで待っても地獄のようにやって来ない、バスの時刻表「地獄表」を見詰めているのかもしれない。

その名も愛らしい「甘えた坊主」
その名も愛らしい「甘えた坊主」

 

洞口依子(どうぐち・よりこ)

名前 :洞口依子(どうぐち・よりこ)

プロフィール:女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。