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未知と遭遇する正月

2018.1.10 13:43 洞口依子(どうぐち・よりこ)
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ソーラーパワーシステム女
ソーラーパワーシステム女

 

 松も明けた頃。

 いつもなら大晦日まで仕事に忙しいはずの我が家だが、今年は夫の実家で静かに年を越し、元旦を迎えることができた。

 

 年越し蕎麦を啜り、紅白歌合戦を見ながら知らない流行歌手の面々に驚き、近くの海辺で初日の出を拝み、流行語にもなった「インスタ映え」しそうなお節(せち)を囲んでお屠蘇(とそ)をいただく。

 白味噌のお雑煮に炬燵にみかん。義母がおざぶの上に広げた花札の花鳥風月を楽しんだり、正月の風情を楽しんだ。

 

 そんな普通の正月を過ごしたのも久しぶりだったが、婚家で平穏な正月を迎えたのは、結婚して20年来、初めてだった気がする。

 もともと正月嫌いな私にとって、それらは意外にも心地良く、かるた取りや羽根つき、凧揚げなどにも興じたいと思ったほど。

 

 世間では、インスタ映えが話題になり、除夜の鐘の音が五月蝿いと問題になった。時代は変化していると思いつつも、やはり紅白歌合戦が終わってすぐに切り替わる『ゆく年くる年』の除夜の鐘の音は、日本人の心を鎮静させ「新年を迎える心の準備は良いか」と問われているような気持ちになるのだから、本当に不思議だ。

 

 百八つ鐘を打って煩悩を消せということなのだろうが、ふだん街中にいると煩悩まみれだなあと思うこともしばしば。

 

 それ以上に、掌のスマホの中も煩悩だらけ。〝これじゃ体にいいわきゃないよ〟ってことで、正月はなるべくスマホいじりをやめようと試みるも、賀状の挨拶がどんどんスマホを通じてやってきて〝わかっちゃいるけどやめられない〟となる。

 そのうち除夜の鐘つきも、初日の出も、神社などへの初詣参りもすべてデジタル化するんじゃないかとふと思った。

 

 デジタルといえば、紅白歌合戦の「Perfume」のパフォーマンスでのリアルタイム合成には驚かされた。

 オーギュメント・リアリティー(AR)と呼ばれる拡張現実の世界をダイナミックバーチャルリアリティー(VR)とシームレスMRと呼ばれる最先端技術を駆使したものだそうだ。

 現実と非現実のつなぎ目をなくしたような見事な映像表現は、まさにトリックアート、最先端の「だまし絵」の世界。

 

 「なぜなぜ? どうしたらこうなっちゃうの?」とニャンコの目もくるりと回ってしまうほど、あのリアルタイム合成には驚かされた。

 まさか大晦日の渋谷の上空にあんなに光が交差していたら、宇宙人だって放ってはおかない騒ぎ。

 最初は画面の隅に「LIVE」の文字が出ていたが、パフォーマンスが始まってから、あっという間にあの光につられて見入ってしまった。

 

 渋谷のビルのあちこちから青白い光が放たれる。

 ビルの窓はイコライザーのように点滅し始めた。

 視聴者の目をくるくるまわしているうちに、画面隅の「LIVE」の文字がいつの間にか消えているではないか!

 

 拡張現実とは、人間の目で見えるもの以上の世界を拡張した現実。

 もう少しわかりやすく言えば、目の前にある現実の世界に、仮想の情報を添えることで、目の前にある現実を拡張すること、となる。

 スマホのゲーム『Pokémon GO』をやったことがある人なら、拡張現実の面白さはよくわかるだろう。

 

 拡張現実に思いを巡らすと、私が幼い頃からよくやる想像ゲームを思い出す。

 目の前にあるのは現実なのだけれど、脳内で勝手に映像を合成させて目の前の景色を楽しむという遊び。

 

 目の前にあるのはただの森なのだけれど、脳内でチョコレートのおまけについてくる妖精カードの絵を合成させて、脳内視覚的に楽しむというものだった。

 

 昔、お年玉で買ったオカルト本で見た「コティングリー妖精事件」のあの妖精合成写真からの影響は多大にあったものの、以来、大人になった今でも私はよくこの脳内視覚ゲームをしている。

 

 これは俳優業をやる上でも案外活用できるもので、ある映画の引用したい一場面と目の前の現実を脳内で一生懸命合成させたりすることもある。

 テストの時にたまにやるのだが、案外そのまま役がいきなり憑依(ひょうい)して面白かったりする場合もある。

 あるいはカメラワークなどを見ているうちに、マッピングする点が見えてきてなんとなく出来上がった場面を勝手に想像できたりする。

 

 でも、最近は脳内で視覚と合成する時の威力が弱い。

 子供の頃にはあんなにすんなり合成できたのに、大人になると世俗にまみれて薄汚れ、想像力も次第に衰えてゆくのだろうか。

 

 それでも、銀座を歩いている時などは、歩いているのは現実の銀座だが、目の前には戦後の米軍占領下の銀座の風景を一生懸命脳内で再生して、勝手に合成して歩く時に楽しんでいる。

 

 それをやる場合に必要なのは、古い地図のデータや、当時の写真、記録映像、映画、小説、音楽。なんでも吸収しておかなければ情報量が薄れ、時代考証のおかしなインチキ占領下時代になってしまうのだ。

 

 ある日、東銀座から歌舞伎座、木挽町あたりをのらのら歩いて、松屋に出てみると、そこは米軍占領下時代。松屋は米軍に接収され米軍専用売店PXになっていて、私の目の前には米兵と真っ赤な唇の日本人女性が仲睦まじく歩いていたりするのだ。

 街中に英語表記の看板が現れる。米兵たちは自分たちのわかりやすいような英語の名前をつけたとも聞く。

 例えば、銀座一帯は「リトル・アメリカ」、4丁目交差点は「タイムズ・スクエア」、銀座通りは「ニューブロードウェー」といったように、本国の地名をつけていた。

 

 それにしても、東京という街は、昔から頻繁にクラッシュ&ビルドする。

 ここに何が建っていたのかすら、思い出せなくなる時もある。

 そんな時に、私の想像ゲームは役立つのかもしれないが、その記憶すらも追いつかないほど、東京はあっという間に変わってゆくのだろう。

 

 そんなARの話をしながら、初日の出を待つ。

 夫婦で見る初日の出は初めてだった。

 朝の6時半。海辺を目指すひとびとに混じって早歩きで134号線を越えると、海岸はすぐ目の前。

未知との遭遇的瞬間を待つひとびと
未知との遭遇的瞬間を待つひとびと

 

 なんだかその雰囲気が『未知との遭遇』のあの宇宙船を待つひとびとの姿に重なって、ここでも私は想像ゲームをやってみたくなる。

 

 主人公のリチャード・ドレイファスは誰がやる?

 私は妻役のテリー・ガー?

 いや、やっぱり科学者役のフランソワ・トリュフォーがいいや。

 そうこうしているうちに、太陽が目を覚ます。

 うすく黄金色、黄色味がかった光から、みるみる真っ赤に燃えながら発光する太陽。

 

 これはARやVRというわけにはいかない。

 太陽はやはり自然のまま、そのまま体感するに限るだろう。

 なんといっても暖かい。その光の強さ、あのダイナミズムにはかなうまい。

 

 ひとびとの顔に射す太陽の輝き。

 太陽を崇める。

初日の出、染まる富士山
初日の出、染まる富士山

 

 新年を静かに迎え、太陽の光を浴びながら、新年の願いを掛ける。

 

 太陽ってすごい。

 新しい一年の始まりに、早朝の陽の光を浴びながら、微笑む私。

 猫が陽だまりを好むように、私は太陽が好き。

 

 夜の帳が降りるのをあんなに待ちわびていた頃もあったけれど、やはり私は「ソーラーパワーシステム女」だったのだとあらためて知らされる、2018年の幕開けであった。

戌年に便乗猫もよろしくニャロメ
戌年に便乗猫もよろしくニャロメ

 

洞口依子(どうぐち・よりこ)

名前 :洞口依子(どうぐち・よりこ)

プロフィール:女優。1980年、「週刊朝日」11月7日号の表紙を飾り、雑誌「GORO」で篠山紀信の「激写モデル」として芸能界デビュー。85年、映画「ドレミファ娘の血は騒ぐ」(黒沢清監督)の主役に抜擢された。この時共演した伊丹十三監督の「タンポポ」「マルサの女2」に出演。テレビドラマでは92年の「愛という名のもとに」(フジテレビ)、97年の「ふぞろいの林檎たち」(TBS)などで個性的な演技を披露し、女優としての地位を確立した。2004年に子宮頸がんを発病したが克服し、06年に復帰。07年には闘病生活を綴った「子宮会議」を発刊。女優業の傍ら、ウクレレバンド「パイティティ」でライブ活動もしている。週刊文春「シネマチャート」連載中。