【逍遥の記(6)】大竹伸朗の魅力の核は? 東京国立近代美術館での回顧展

2023年01月25日
共同通信共同通信

 

東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景
東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景

 

 瀬戸内国際芸術祭や横浜のトリエンナーレでもそうだった。美術展などで大竹伸朗の作品に出合うと、なぜか吸い寄せられる。驚くというか、あっけにとられる感じがあって、その後、がぜん興味が湧いて、作品をのぞき込んだり側面に回ったりしてじろじろ見る。

 なんで好きなんだろう。猥雑で、ちょっとやかましい感じで、圧倒的な情報量で。「無秩序」とか「逸脱」とか「物質性」といった言葉も浮かんでくるが、よく分からない。その分からなさ、解釈を拒んでいるような姿勢自体が面白いのかもしれない。東京国立近代美術館で開催中の大規模回顧展「大竹伸朗展」に出かけた。

東京国立近代美術館の建物正面に「宇和島駅」という文字が掲げられている
東京国立近代美術館の建物正面に「宇和島駅」という文字が掲げられている

 ■これも自画像?

 美術館に着くなり、さっそく驚く。建物正面の上の部分に「宇」「和」「島」「駅」という大きな赤い文字が掲げられている。愛媛・宇和島は大竹の制作拠点。「宇和島へようこそ」と言われている気分になる。いや、東京国立近代美術館が大竹にジャックされたと言うべきか。

 9歳の時の作品から最新作まで約500点が、七つのセクションに分けて並べられている。たとえ1点でもそのエネルギーに振り回されるのに、こんなにたくさんの「大竹」に向き合うのか。たじろぎ、見構える。

 最初のセクションは「自/他」。1973年制作の油彩「自画像」、74年の「頬杖をつく自画像」、そして77年の「到着日夜中の自画像、リージェンツ・パーク・ホテル」など、いずれも若い頃の深い屈託が刻まれている。

「大竹伸朗展」で展示された「モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像」(一部)=東京国立近代美術館
「大竹伸朗展」で展示された「モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像」(一部)=東京国立近代美術館

  

 でも作品ナンバー1の「モンシェリー:スクラップ小屋としての自画像」(2012年)まで「自画像」と呼んでいるのはなぜか。「モンシェリー」と書かれた看板の下、がらくたにしか見えない物を集めた小屋がある。写真、車輪、LPのジャケット、看板、スピーカー、アンプ、カヌー、バケツ、ギター、スクラップブック…。大量の物をぼうぜんと眺める。なにやら音も鳴っている。全体に「昭和」のイメージだ。小屋の中をのぞき込むという動作が、誰かの記憶の断片を盗み見る行為に思えてくる。そして、やはり大竹の主要なモチーフは、それぞれセクションのタイトルにもなっている「記憶」であり「時間」なのだと気付く。

 作品に「残景」とか「時憶」、「網膜」という独特な名前が付けられたシリーズがある。「網膜/太陽風1」や「網膜/エナジー・トラック」という作品の制作年を見てみると、どちらも「1990-2020」とある。30年もの時間を費やして作品を作るとはどういうことなのか。

東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景
東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景

 

 ■凝縮される時間

 「移行」というセクションに来てハッとする。これも作品理解のカギになる言葉の一つらしい。大竹はさまざまな素材を集めたり切り取ったりして、貼り付ける。それは物や記憶の存在する場所を動かすことだ。移行自体が表現の中核にある。美術館の2階テラスにある「宇和島駅」もまた、宇和島から東京の美術館への移行という行為によって、作品となっているのだ。

東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景
東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景

 「スクラップブック」シリーズも大竹らしさをいかんなく発揮している。ノートやスケッチブック、画集、写真集などに日常の中で手に入る印刷物やチケット、レシートなどを貼っていく。それはどんどん膨張する。記憶が層になって堆積していく。

 展覧会では、スクラップブックは開かれた部分しか見えない。でも、見えない部分にもみっしりと記憶が、時間が、凝縮されて存在していることが、物として示される。息苦しくなるほどだ。

 2階は「音」のセクションの部屋だった。大竹によるアートと音の融合の試みが示されている。大竹にとって、音楽と美術の境界は存在しないようだ。

 ■純粋な創作者

 おびただしい作品群から、大竹がその制作にかけたおびただしい労力と過程が伝わってくる。展示された約500点だけでも、その総体が膨大なエネルギーとして立ち上がってくる。いったいこれは何なのか。

 大竹本人によるトークイベントもあるというので聞きに行った。

トークイベントで話す大竹伸朗さん=東京国立近代美術館
トークイベントで話す大竹伸朗さん=東京国立近代美術館

 「支離滅裂で分からないという人がいるかもしれないが、40年やってきてそれを並べると分かることがある。どんなに批判されてもやり続けるしかないんだよね」

 「アートを目指した途端に海の中にポチャンと放り込まれた感じ。どっちが岸か分からないが、泳ぎ出すしかない」

 「宇和島に移ってすぐに周囲から人がいなくなった。完璧に孤立した。でも、東京にいたら10分の1ぐらいしか作っていないのではないか。作らなければ、この世から消えうせる」

 聞きながら打ちのめされていた。

 効率や評価とは無縁な、純粋な創作者の姿がそこにあった。制作した作品は彼の生そのものなのだ。(田村文・共同通信記者)

東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景
東京国立近代美術館で開催中の「大竹伸朗展」の展示風景

 

 【追記】東京国立近代美術館の「大竹伸朗展」は2022年11月1日~23年2月5日。その後、愛媛県美術館(23年5月3日~7月2日)と富山県美術館(23年8月5日~9月18日)を巡回する。

 たむら・あや 1965年埼玉県生まれ。共同通信では文化部・文芸の担当が長い。現在は編集委員。2012年から新聞紙面用にスタートした連載「本の世界へようこそ」は550回を超えた。めったやたらに本ばかり読んでいるようですが、アートや映画、演劇も好き。歩くのはもっと好き。この連載「逍遥の記」は、文学やアートの世界を思うまま行き来し、時に迷ったり走ったりします。読み、見て、歩き、考えます。

【逍遥の記】5回目はコチラです