伸び悩む移植用皮膚の提供 重い熱傷の救命に不可欠 大事故や火災で不足懸念
2023年08月22日

脳死からの臓器提供が急増している一方で、伸び悩んでいるのが、亡くなった人からの移植用皮膚の提供だ。重い熱傷患者が生命の危機を脱するまでの間、患部を覆い、感染や脱水を防ぐ大切な素材だが、現状の在庫では大きな事故や火災の際に十分な量を供給できるか心配な状況。皮膚移植の意義と、実際の採取の手順を関係者に聞いた。

採取した移植用皮膚の保存作業=6月、東京都八王子市の東京医大八王子医療センター(日本スキンバンクネットワーク提供)
▽感染を防ぐ
「提供された皮膚が、もっぱら命が危ぶまれる患者を救う目的で使われることを知ってほしい」移植用皮膚の採取と保存、供給に当たる一般社団法人日本スキンバンクネットワークの代表理事で、慶応大病院副病院長の佐々木淳一教授(救急医学)はそう力説した。
佐々木さんによると、重い熱傷で皮膚が広い範囲で激しく損傷した患者は、死んだ皮膚を放置すると感染を招くため、取り除いて、保存していた移植用皮膚で患部を覆う。感染が広がるのを防ぐと同時に、水分や栄養分が失われるのも抑えられる。移植した皮膚も最終的には脱落するが、治療の時間を稼ぐことにより患者は生命の危機を脱することができるという。
熱傷治療では、患者の健康な皮膚を使う「自家移植」のほか、人工皮膚の開発や、表皮の再生技術など進歩が著しい。しかし、自家移植は受傷後の全身状態が落ち着くまでは適さず、人工物では皮膚の機能を取り戻せない。再生表皮の作製にも時間がかかる。「一刻を争う救命には、保存した皮膚が欠かせません」と佐々木さんは話す。
日本では1999年の東海村臨界事故、2004年の美浜原発死傷事故、19年の京都アニメーション放火殺人事件などで保存皮膚が供給された。
▽見えない部位から
同バンクのチーフコーディネーター青木大さんによると、在庫は不足気味だ。亡くなった人からの皮膚の提供は17年の8件から18年9件、19年11件と増えたが、新型コロナウイルス感染症の影響で20年は3件と激減し、その後も1桁止まりだ。

液体窒素のタンクに保存される移植用皮膚=6月、東京都八王子市の東京医大八王子医療センター(日本スキンバンクネットワーク提供)
1枚100平方センチ、手のひらサイズを1単位として、ピーク時は在庫が400単位を超えたが、今年4月末で約200単位しか残っていない。京アニ事件の際にバンクが供給した量にほぼ等しく、時に万単位の必要があるとされる大事故、大火災の備えには心もとない。
では、具体的に皮膚はどう採取するのか。
青木さんによると、皮を剝ぐイメージを持つ家族が多いが、実際は皮膚表面の0・3~0・5ミリを専用器具で薄く採取する。採取部位は背中から太もも、腹部など着物で隠れるところに限り、家族と相談して範囲を決める。説明と同意の時間を含めて約3時間で作業は終了する。
採取した皮膚は保存液に入れ、同バンクでは東京医大八王子医療センターのスキンバンク保存・管理室に輸送。前処置や病原体の検査をした上で、零下196度の液体窒素のタンクで保存する。
▽拡大への課題
提供が伸びない理由の一つに、バンクの体制がある。佐々木さんは、課題として人員と経費の不足を挙げた。
現体制は、熱傷医療に携わる各地の医療機関が資金を出し合う形でかろうじて維持、運営されている。本人、家族の提供意思を確かめ、提供の方法や手順、遺体の処置などを説明して同意を得るコーディネーターは、青木さんら2人だけだ。
提供は、臓器提供と同様に家族同意があれば可能だが、申し出に応じて駆けつけられる地域は関東全域とその周辺などに限られている。
佐々木さんは「少なくとも四大都市圏にコーディネーターを育成、配置したい。事業継続のための公的な財政支援が望まれます」と訴えた。(共同=由藤庸二郎)