拙速な変更で不公平招くな 「働き損」ではない 核心評論「年収の壁」

2023年05月25日
共同通信編集委員 内田泰
 いわゆる「年収の壁」を巡り、政府は少子化対策試案で、主婦パートら短時間労働者の手取り収入減を解消する仕組みを導入する方針を示した。

 「年収の壁」とは、賃金収入が一定額を超えると社会保険料や税の負担が発生し、手取りが減ることを指す。主婦パートが働く時間をあえて短くする「就業調整」を招いていると指摘され、中小企業などから人手不足の一因との批判がある。
 
 与党内には、短時間労働者の保険料を国が一部肩代わりするよう求める声も出ている。だが、それでは自ら保険料を納めてきた人との公平性を欠く。拙速な制度変更で主婦パート優遇にならぬよう、政府には慎重な対応を求めたい。
 
 少子化対策試案が言及した年収は「106万円」と「130万円」。いずれも社会保険料に関する「壁」とされる。106万円を超えたら「働き損」になると解説するシンクタンクのリポートもある。だが、これには違和感を覚える。

 現行制度では①週労働時間が20時間以上②月額賃金が8万8千円(年収換算で約106万円)以上③勤務先の従業員が101人以上―などの要件を満たすと、短時間労働者も厚生年金と健康保険に加入する。サラリーマンの夫に扶養され「国民年金の第3号被保険者」だった主婦は新たに保険料を負担するから、収入を大きく増やさないと確かに手取りは減る。

 しかし、負担に見合うだけ給付が充実する点を度外視するべきではない。厚生年金加入で将来の年金額は増える。万一の場合、障害年金は上乗せ給付される。健康保険では傷病手当金や出産手当金など手厚い給付がある。

 住宅ローンや教育費で家計が苦しく、目先の手取り減が気になることもあるだろう。けれども、年収をより増やして働く方が長い目で見れば主婦パート本人にとって有利だと言える。80~90代まで長生きする女性は多い。将来の厚生年金額の上積みで手取り減分の「元を取る」ことは可能だ。106万円を「壁」と呼ぶのは適切ではない。

 制度の不十分な理解から、必要のない就業調整をしている主婦パートも少なくないのではないか。厚生年金などに加入するメリットを周知するのが政府本来の役割だろう。雇用主も同様だ。

 なお、勤務先の従業員が100人以下だと、年収130万円以上で夫の社会保険の扶養から外れる。この130万円の「壁」の要因ともなっている第3号被保険者は、現状で700万人以上もいるから制度の廃止は極めて難しい。厚生年金と健康保険の適用拡大をさらに進めることで、第3号の人を減らしていくのが現実的な解となる。

 2024年10月には、厚生年金などの適用対象を企業規模51人以上へ拡大することが決まっている。企業規模要件の撤廃も検討されている。加えて、着実に賃上げが進めば、厚生年金と健康保険の加入対象者はおのずと広がる。そうなれば、106万円を「壁」と捉える余地はなくなるはずだ。
 
(2023年4月15日配信)

 

 

 

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