正当な言論、処罰の恐れ   判断基準が抽象的なまま  視標「侮辱罪に拘禁刑」

2022年08月17日
共同通信共同通信

 先の通常国会で成立した改正刑法で侮辱罪の法定刑が引き上げられ、1年以下の拘禁刑(改正刑法により懲役と禁錮が一本化された刑罰)まで科せるようになった。改正前の法定刑は拘留(刑事施設に1日以上30日未満収容)または科料(千円以上1万円未満)だけで、懲役または禁錮(今後は拘禁刑)まであった名誉毀損(きそん)罪よりかなり低く抑えられてきた。

 私は、検事としても弁護士としても、名誉毀損や侮辱の案件を相当数扱ってきたが、被害者側の弁護士として誹謗(ひぼう)中傷を刑事で告訴しようとする場合、侮辱罪は法定刑が低いため、最初から名誉毀損罪に狙いを定めていく手法によってきたし、そのように臨んできた弁護士は多いはずである。

 捜査機関側でも、侮辱罪だけで告訴を受けるという姿勢では、そもそも臨んでいなかった。

 しかし、これからは、侮辱罪で拘禁刑まで科すことができるため、被害者側は名誉毀損罪と併せて、または侮辱罪のみでも、告訴の対象とし立件、処罰を目指すことが増えると予想される。

 捜査機関側の姿勢も、侮辱罪のみでも、事案の内容に応じて積極的に告訴を受ける方向へと変化していくとみられる。

 最近はインターネット上での誹謗中傷が増加し侮辱罪が成立し得るケースも増えていて、そういった事象に、より的確に対処すべく、法定刑が引き上げられた。今後は、気付いたら侮辱罪で告訴されていたというケースがかなり増えるだろう。

 侮辱とは、具体的事実を摘示する以外の方法で他人の名誉感情を傷つけるような表現行為をいうが、そうした表現行為の幅はかなり広い。

 名誉毀損は、刑法の規定や判例で、摘示が公共の利害に関わり、公益を図る目的でなされ、その内容も真実だったときなどは免責される。

 一方の侮辱は、名誉毀損の陰に隠れて活発に議論されてこなかった面もあり、免責されるか否かは、その表現行為が社会的に相当かどうかとか、正当性があるかといった抽象的な基準でしか判断されてこなかった。

 そうした状況で政治的な批判や、社会的な強者、権力者に対する批判に対し、政治家や強者、権力者から言論封殺をもくろんだ侮辱罪による告訴が次々と行われ、判断基準が抽象的なだけに、処罰されるべきでないものが処罰されたり、結果的に不起訴にはなっても、防御活動に多大な労力を要したりする事態がかなり出る可能性もある。

 侮辱による被害に対して、これまでの法定刑が低すぎた側面があったのは事実だが、さまざまな批判的な表現行為には、往々にして侮辱的な表現が伴いがちである。

 侮辱罪が免責される要件はあいまいなままにして、法定刑だけ引き上げれば、民主主義社会における正当な言論として処罰に疑問があるものまでも処罰対象に取り込んでしまいかねないし、そのような事態が生じるかもしれないことによる「表現の自由」に対する萎縮効果も軽視できない。

 被害者から告訴が出れば捜査当局は動かざるを得ないものであり、捜査機関の運用だけで弊害は回避できない。従来は法定刑の低さにより作られてきた均衡の中で処罰されてこなかった正当な言論が、処罰される危険性には、単なる杞憂(きゆう)で片付けられないものがある。

 法定刑引き上げ後の侮辱罪の動向を注視していく必要があるだろう。

 (新聞用に2022年6月17日配信)