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NFLは学びの宝庫 世界最高峰の技術と取り組みに注目せよ

2022.8.10 17:10 中村 多聞 なかむら・たもん
電通キャタピラーズのRB陣と多聞さん=中村多聞さん提供
電通キャタピラーズのRB陣と多聞さん=中村多聞さん提供

 

 僕がランニングバック(RB)のコーチをしている電通キャタピラーズは、山奥の天然芝フィールドで夏合宿を行いました。

 普段は週に1度の練習ペースですが、せっかくの合宿ですので午前、午後の1日2回の練習を敢行しました。

 暑さで当初のプログラムをこなせないという事態も発生しましたが、チームとして得るものの多い有意義なサマーキャンプになりました。

 

 米プロフットボールのNFLも、今はサマーキャンプの真っ最中です。約1カ月間、他チームとの合同練習なども取り入れながら毎日午前と午後の2回に分けて練習をする2部練習と、プレシーズンゲーム(オープン戦)を経て秋のシーズンを迎えます。

 

 サマーキャンプは、ドラフトやフリーエージェントなどで獲得した新戦力を見定める期間です。

 最終ロースターに残れるかどうかの当落線上のプレーヤーは、人生を懸けて必死に練習します。

 日本でも視聴できるNFLの情報だけを扱う「NFLゲームパス」という有料サイトがあるのですが、コンテンツが盛りだくさんでドラフト候補生の体力テストから殿堂入りする名選手や名コーチの表彰など、とにかくありとあらゆるNFLの出来事を放送しています。

 

 その中の「サマーキャンプリポート」というチャンネルでは、コメンテーターを起用して練習シーンを撮影して実況担当者と解説してくれます。

 これはよく考えると貴重な映像です。NFLの練習(合宿)風景を見物し放題なのですから。

 

 僕は子どもの頃からNFLを見る時、どこか特定のチームや人を応援するのではなく、彼らの超人的な運動能力を眺めているのが好きでした。

 これはオリンピックや大相撲を見て楽しめる皆さんと少し似ているのではないでしょうか。

 約42キロのマラソンコースを2時間ちょっとで走ったり、100メートルを9秒台で走ったり、体重200キロを超える大きな人がぶつかり合ったりと、自分には絶対不可能なことをやってのける人たちのすごさを何となく感じ、名前や顔を知ったら応援したくなりますよね。

 

 僕の場合もそれと同じで、自分がフットボール競技者になる前の子ども時代にこのNFLの名シーンを何となく眺めていて「カッコいいなー」と感じて虜になって今に至るわけです。

 僕は1998年に、NFLパッカーズのサマーキャンプに参加する幸運に恵まれました。

 世界最高峰レベルのNFLを実際に体験してしまったので、そのすごさの細かい部分まで脳みそに記録してあります。

NFLパッカーズのキャンプに参加しファンと交流する多聞さん=中村多聞さん提供
NFLパッカーズのキャンプに参加しファンと交流する多聞さん=中村多聞さん提供

 

 ですからそれ以降の僕はフットボールを「何となく眺める」ができなくなっていて、練習シーンを見たら「うわー、すごい!」「これは真似できない!」なんて感じで、ついつい見入ってしまうのです。

 

 NFLでも日本でも、ゆっくりセットプレーの動きを確認するだけの時間もあれば、試合のような激しさを求められるようなメニューなど練習方法は多種多様です。

 練習メニューは日米ともほぼ同じではあるのですが、どのようにやっているかに大きな違いがあるので、この「違いの部分」に僕はとても関心があり、日々のコーチングでそれらを選手に要求するのです。

 

 NFLの選手はフットボールが仕事なので、皆さんが会社などの仕事で使っているエネルギーと同様に人生のすべてを費やして頑張っています。

 チームの勝利というよりもまずは自分の収入や立ち位置が大切で、自分の収入がしっかりと得られるようになり立ち位置が安定してくれば、チームの勝利や優勝に向かって仕事をします。これが大半のNFL選手の考え方だと僕は思っています。

 

 まずは自分の能力を向上させて他者に認められ収入をアップしないと、後から入ってきた人に席を奪われるのですから、大御所以外は〝必死のパッチ〟でこの夏合宿で頑張ります。

 チームの経営陣、コーチ陣、マスコミ、ファンから認められるために一生懸命仕事をします。

 

 経歴や練習の出来でほぼ決まってしまっている「次に解雇されるメンツ」はオープン戦の結果で明らかとなり、想定以上の活躍や奮闘があれば「次の週まで」生き残れる。

 こんな厳しい中で競い合っているNFL選手の練習風景が何時間も見られるなんて本当にすごい事なのです。

 

 少なくとも僕のような超のつくマニアや、今より上にいこうと考えている日本の選手にとって、こんな良い教材はありません。

 コロナ禍が終わっていればという条件付きですが、来年の夏には「タモンと行く西海岸NFLサマーキャンプ見学ツアー」を開催しようなんて仲間と話しています。まあお金と時間が必要ですから簡単ではありませんが。

 

 NFLの練習シーンで何がどうすごくて、日本の練習方法と何が違うのかですが、最も違うのが先ほども言いましたように「フットボールに取り組む気持ち」が違います。

 コーチにやれと言われたことをやる。日本でもレベルの高いチームでは、コーチに言われたことを心底納得して実践します。そういうことなのです。

 

 分かりにくかったらごめんなさい。「コーチにやれって言われたメニュー」はあくまでもメニューなだけなのです。

 頭のテッペンからつま先までの関節や筋肉をどうやって動かしてどんな考えでやりなさいということまで、コーチは細かく指示しません。

 しかしこの練習を経て自分の能力が向上したら、莫大な名誉とお金が手に入るのですから、どんなに苦しくてもしんどくてもきつくても痛くても今できることを全て行い、全速力&パワー全開で練習しているのがプロです。これが仕事としてフットボールに取り組む選手の姿勢なのです。

 

 実績もないのに、言われた練習でヘマをせずそれなりにやっていれば試合に出られるんだろうなーなんて思っている選手はあっという間に解雇されます。

 過去に呑気に取り組んでしまって解雇された経験のある選手ならば、なおさら必死のパッチで取り組むでしょう。

 

 オープン戦の後半には落選確実な選手のお試しシーンが多くあります。どうしても断れないお偉いさんや社長さんからねじ込まれた〝コネ入社〟のイマイチな選手や、無名だけど試合になれば良い動きをする選手、ドラフト1巡で入ったがサッパリ駄目な選手といろいろ出てきます。

 次週の試合では名簿に名前がないなど、各チーム3試合あるオープン戦は見どころ満載です。僕も「あー、あの選手消えちゃった!」「彼は来週消えているだろうな」なんて追いかけ方をして楽しんだりしています。

 

 自分のポジションならば、練習を見れば少しは違いがわかると思います。でも技術論は米国でのものと日本では大きく違うことがしばしばあります。

 これは、米国にコーチ留学なりしてきたような日本の業界では権威のある人たちが主に戦術面しか学んできていないことから生じています。

 技術論には関心が深くない場合がほとんどなので「本物の正しい技術」がいまだに輸入されていません。もし仮に正しい技術を少数の人間が唱えても、正しく聞こえないのです。

 

 10種類以上あるフットボールのポジションでの詳細な技術論を全て把握している人なんて僕の知る限り存在しません。

 日本のフットボール業界には、まだNFL選手の技術のすごさを言葉にして解説や指導できる人が存在していないのです。ポジションによっては深い知識を持つような人も若干名存在していますが、大抵はチームが囲ってしまったり、どうせ理解してもらえないと諦めているので全国に広まらないのです。

 

 だからこそ、インターネットを使ってNFLの映像をスマホの小さな画面ではなく可能な限りの大画面で「最高の技術を披露してくれている超人」を凝視すべきだと思います。

 僕も大学時代は3部の弱小チームでしたから、今ほどの勉強や経験を重ねていませんので彼らのすごさを見誤っていました。

 

 キレキレのフェイントで守備を翻弄するRBバリー・サンダース、WRジェリー・ライスのスーパーキャッチにQBジョー・モンタナの大逆転シーン。相手のパスをインターセプトしてから、信じられないスピードで独走するDBディオン・サンダースが繰り広げるど派手なプレーしか目に入りませんでした。

 

 でも、自分なりにこだわりがある好きなポジションであれば、彼らのプレーには我々の何倍も繊細な考えで設計された奥深い技術があることが理解できます。

 足が速いから試合でのスピードが速いのではなく、早く走る技術を磨き、それを自由自在に駆使しているから他の選手よりほんの少し速いのです。

 

 鋭角に曲がった後にすぐ加速する技術も、天然素材だけではなく考えに考え抜き誰よりも自分に合った鍛錬を重ねた結果なのです。

 激突の強さも体重があって気合が入っているから強いのではないのです。地面からの力を使って自分をいかに相手にぶつけるか、体のどこに力を入れて重心をどこに置くかで結果は変わってきます。

 

 彼らとの違いやその理屈を理解すれば、それが叶うように工夫して練習を繰り返せば成長するでしょう。

 やがてその成長が頭打ちになり、新しい悩みが出てきます。そしてまた世界最高の見本が練習している動きを見て学ぶのです。

 

 普段はNFLの試合しか見ない人も、試合結果だけではなく「彼らのすごさ」を少しでも見つける作業をしてみてはどうでしょう。

 自分とは何がどう違うかハッキリ分かるまで、ずっと見続けるだけできっと上達しますよ。

パッカーズの少年ファンから多聞さんに送られた激励の手紙=中村多聞さん提供
パッカーズの少年ファンから多聞さんに送られた激励の手紙=中村多聞さん提供

 

 自分の練習シーンを高画質でしっかり撮影し編集する。徹底的に自分の動きを見て彼らと比較する。肘の角度は首の角度は胴体の傾きは膝の動きは…。上達するためには真似をするのが有効な手段なのです。

 一つのムーブメントでも見るべきポイントは100箇所以上あるかもしれません。僕は今でも毎日そんなことをして楽しみながらNFLから学んでいます。

 

 今回はマニアックで分かりにくい話でしたね。シーズン開幕までもうすぐです。暑いですけど、皆さん頑張りましょう!

中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

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