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動機は「私怨」、国葬は「民主主義守る」ため?  霊感商法被害1237億円、弁護士らが安倍氏に抗議文

2022.7.15 14:35 共同通信
演説を始めた安倍晋三元首相の左腕の背後に山上徹也容疑者が見える=7月8日、奈良市

 

 安倍晋三元首相が奈良市で参院選候補者の応援演説中に射殺されてから、15日で1週間。現場で取り押さえられた山上徹也容疑者(41)=殺人未遂容疑で逮捕、送検は殺人容疑=の供述などから、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対する個人的な恨みが、友好団体にビデオメッセージを送るなどしていた安倍氏に向かったとみられている。事件をきっかけに、旧統一教会による霊感商法の被害があらためて指摘されている。安倍氏を守れなかった警察の警護・警備の検証が始まり、責任者の進退が注目される。

 

 ▽「ビデオメッセージ」をネットで

 「(安倍氏の国葬を通じて)わが国は暴力に屈せず、民主主義を断固として守り抜く決意を示す」。岸田文雄首相は14日の記者会見でこう述べた。確かに、安倍氏は選挙の街頭演説中に襲われた。ただ捜査関係者によると、山上容疑者は「母親が旧統一教会に入信して多額の献金をし、家庭が崩壊した。旧統一教会を(韓国から)招き入れたのは岸信介元首相。だから(孫の)安倍元首相を殺した」と供述し、奈良県警は犯行動機を政治的なテロとは無関係の「私怨」とみて捜査している。

世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の韓鶴子総裁(文鮮明前教祖の妻)=2014年2月撮影(UPI=共同)

 

 山上容疑者の供述によると、当初は安倍氏ではなく、旧統一教会の韓鶴子総裁(故・文鮮明前教祖の妻)を襲撃する計画を立て、2019年に韓総裁が愛知県で開かれた集会に来た際には、火炎瓶を持って会場へ行ったが、入れなかった。その後も韓総裁を狙っていたが、新型コロナウイルス感染症の流行で、韓総裁は来日せず、韓国へ行って殺そうにも出国できなかった。昨年9月、安倍氏が旧統一教会の友好団体「天宙平和連合」(UPF)が主催する「神統一韓国のためのTHINK TANK2022希望前進大会」と称するWEB集会にビデオメッセージを寄せたことをインターネットで知ったという。これで岸氏の孫の安倍氏を強く意識し、襲撃の対象とした可能性がある。

 県警の調べによると、山上容疑者は金属製の筒2本を木の板とビニールテープで束ねるなどして、一度に6発の弾丸が出る散弾銃のような長さ約40センチの銃器を製造し、これが凶器となった。奈良市内の自宅には、つくりかけも含め手製の銃器が7丁残され、容疑者の車からは、試し撃ちに使った木の板や自作の火薬を乾かすためのトレーも見つかった。銃や火薬の製造方法は、インターネットで情報を得たとみられる。山上容疑者は「最初は圧力鍋の爆弾をつくったが、関係のない人を巻き込むのでやめた。標的を絞りやすい銃をつくった」と説明しているという。

 

送検のため奈良西署を出る山上徹也容疑者=7月10日午前、奈良市

 

 事件前日の7日早朝、山上容疑者は旧統一教会の関連施設が入る奈良市内のビルに向けて銃器を試射した。その後、手製の銃器を持って安倍氏が演説する岡山市へ行ったが会場に近づけず、8日に奈良市の近鉄大和西大寺駅前へ来るところを襲撃することにしたようだ。安倍氏の日程は交流サイト(SNS)などで把握していたという。

 

 ▽容疑者の伯父「母親は1億円献金」

 犯行動機にかかわる山上容疑者の母親について、11日に会見した旧統一教会の田中富広会長は「1998年ごろ入信し、2002年ごろに家庭が破綻したことは知っている。現在も教会員で、1カ月に1回程度の頻度で教会の行事に参加している」と述べた。

 

 しかし、共同通信の取材に応じた山上容疑者の伯父によると、母親の入信は1991年ごろで、84年に容疑者の父親が自殺したことが要因になっているという。母親は土地と建物の売却益などを原資に計約1億円を旧統一教会に献金し、容疑者の家族は生活できなくなった。容疑者は大学へ進学できず、海上自衛隊に所属中の2005年には、兄と妹に死亡保険金を渡すため、自殺を図ったと説明している。

 

 ▽韓総裁らに「敬意表する」と安倍氏

 全国霊感商法対策弁護士連絡会のホームページによると、旧統一教会は手相や姓名判断をきっかけにセミナーへ誘い、先祖の霊の供養や自身の開運を名目に献金させるほか、印鑑や念珠、絵画などを買わせる霊感商法を続けてきた。連絡会が結成された1987年〜2021年、その被害は消費者センターへの相談分も含めて3万4537件確認し、被害総額は1237億3357万5406円に上っている。

記者会見を開いた世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の田中富広会長=7月11日午後、東京都内のホテル

 

 旧統一教会の田中会長は会見で、警察が霊感商法を巡って信者を相次いで逮捕し、当時の会長が辞任した09年以降、献金に関するトラブルはないと説明したが、弁護士連絡会のまとめでは、09~20年も献金を含む被害を年に61〜1113件確認している。21年は47件で、被害総額は3億3153万507円という。

 

 連絡会は政治家に対し、声明や要望書などで、霊感商法の被害を出している旧統一教会に関わらないよう繰り返し忠告してきた。安倍氏には、官房長官時代の2006年5月、UPF主催の「祖国郷土還元日本大会」がマリンメッセ福岡で開催された際、祝電を打ったと統一教会系新聞「世界日報」(韓国)に掲載された。このため、どういう事情で祝電を打ったのかなどを尋ねる公開質問状を出したが返事がなく「反社会的な活動を行っている統一協会とのこれまでの関係をきちんと明らかにし、今後は統一協会との関係を絶つよう求める」とする抗議文を送った。このイベントでは、2500組の男女による合同結婚式も開催されたという。

 

 さらに安倍氏は、昨年9月にもビデオメッセージを送ったことから、同連絡会は「日本国内で多くの市民に深刻な被害をもたらし、家庭崩壊、人生破壊を生じさせてきた統一教会の現教祖である韓鶴子総裁をはじめとしてUPFつまり統一教会の幹部・関係者に対し(ビデオメッセージの中で)『敬意を表します』と述べたことが、今後日本社会に深刻な悪影響をもたらすことを是非ご認識いただきたい」とする公開抗議文を送っていた。

全国霊感商法対策弁護士連絡会の山口広弁護士=2014年撮影

 

 連絡会の山口広弁護士は12日の会見で「岸信介さんが文鮮明(氏)と握手している写真がある。統一教会が世界に認知されていることを伝えるため、写真集に大きく掲載されている。安倍政権になってから、若手の政治家が統一教会のイベントに平気で出席するようになった。それまでは、政治家が参加しても名前は出さないとか、統一教会側も名前を伏せて『衆議院議員が参加してコメントした』と言っていた。安倍さんには、統一教会と仲良くすることに開き直るというか、顕著なものがあり、憂慮していた」と語った。

 

 また渡辺博弁護士は「二十数年前の調査では、統一教会の信者百数十人が自民党などの国会議員の秘書になっていた」と述べ、旧統一教会が、日本の政界に食い込んでいた状況を指摘した。連絡会は旧統一教会への恨みが事件の動機と報道されていることについて「元信者や家族の苦悩や葛藤、生活の困窮などに接してきた連絡会としては、かねてからこのような実情を心から憂えてきた。こうした問題に対して社会としてどう取り組むべきか改めて問われている」「家庭を崩壊させる活動について行政も政治家も手を打ってこなかった」などとする声明を出した。安倍氏が旧統一教会と関係を絶っていれば、今回の事件は起きなかったかもしれない。

 

 フリージャーナリストとして霊感商法、統一教会問題に取り組んだ前参院議員の有田芳生さんは「岸信介氏、安倍晋太郎氏、安倍晋三氏は三代続けて、統一教会を日本社会に深く浸透させる政治的に重要な役割を果たした」と指摘。「報道を見る限り、山上容疑者は、こうした経緯を理解している」との見方を示した。同時に「統一教会は、反共産主義の政治活動を行った『国際勝共連合』と一体で、単なる宗教団体ではない。霊感商法で集めた資金がどう使われたかも問題だ」と強調した。

 

 ▽中村警察庁長官の進退も焦点

 一方、安倍氏を守れなかった警察の警護・警備に対し、その責任が厳しく問われている。岸田首相は14日の会見で「率直に言って問題があった。全面的に点検し、正すべきことは早急に正してほしい」と述べた。警察庁が設けた「検証・見直しチーム」は制服・私服警察官の人数や後方の配置といった態勢のほか、都道府県警に対する警察庁の関与の在り方などを検証し、8月中に結果を取りまとめる予定。奈良県警には多数の批判が寄せられているという。

 

 自民党関係者によると、安倍氏は8日、長野選挙区の松山三四六候補(落選)の応援演説に行く予定だったが、7日発売の週刊文春に女性スキャンダルを報じられ、取りやめた。奈良選挙区の佐藤啓候補(当選)の応援へ行くことは7日夕方に急きょ決まり、交流サイト(SNS)などで告知した。自民党の高市早苗政調会長はツイッターに「急な奈良県入りを知り、党情勢調査で奈良県は優勢の旨を(安倍氏に)送信したら、『問題ないとは思うけど、京都に行くことが決まったので、奈良まで行きます。毎日と日経(の選挙情勢調査)が厳しく出ているので』と返信」と安倍氏とのやりとりを投稿している。

 

 安倍氏が奈良市へ行くことが奈良県警に伝わったのも7日夕方。鬼塚友章本部長によると、直ちに警備部参事官を中心に警備計画書を作成し、鬼塚氏は8日朝、計画書に目を通して承認したという。

 

 安倍氏が応援演説に立った近鉄大和西大寺駅前では、警視庁のSP(警護官)と奈良県警警備部、奈良西署の警察官が警護・警備に当たった。当時の映像によると、安倍氏が演説を始めると、右後方にいた山上容疑者は背後に移動。手製の銃器をバッグから出しながら安倍氏に7メートルまで近づき、1発目を発砲した。このときまでSPと警察官は無警戒だった。振り向いた安倍氏に向け、5メートルまで接近していた山上容疑者は2発目を撃った。1発目から2発目までは約3秒の間があり、安倍氏を押し倒して致命傷となる2発目から守ることはできたとみられるが、SPと警察官は2発目が命中するまで安倍氏に近づこうとしなかった。

 

 現場検証では、安倍氏が撃たれたところから約20メートル離れた場所の選挙カーや、約90メートル北側にある立体駐車場の壁面に弾痕のような穴が見つかった。山上容疑者の銃器から発射された弾丸は、もしかしたら、安倍氏以外にも当たっていたかもしれない。事件当時、安倍氏の近くにいた奈良市の仲川げん市長は14日の会見で、銃声後に「おそらく警備の方が発した『おまえ何やってんねん』とか叫ぶ声が聞こえた」と振り返った。

記者会見する警察庁の中村格長官=7月12日午後、東京・霞が関

 

 中村格警察庁長官は12日の会見で「都道府県警を指揮監督する警察庁長官としての責任は誠に重い」と、鬼塚本部長も9日の会見で「警護警備に問題があったことは否定できない。責任を痛感している」と、安倍氏を死なせてしまった責任を認めている。だが、引責辞任には言及していない。中村長官以下の進退が今後の焦点となっている。(共同通信編集委員兼論説委員=竹田昌弘)

たけだ・まさひろ 1961年富山県生まれ。毎日新聞から共同通信の記者に転じ、宇都宮支局や社会部などに勤務。大阪社会部次長、社会部次長、司法キャップなどを経て現職。共同通信社の「事件報道のガイドライン」や事業継続計画(BCP)の策定も担当した。著書に「知る、考える裁判員制度」、編著に「憲法ルネサンス」など。
たけだ・まさひろ 1961年富山県生まれ。毎日新聞から共同通信の記者に転じ、宇都宮支局や社会部などに勤務。大阪社会部次長、社会部次長、司法キャップなどを経て現職。共同通信社の「事件報道のガイドライン」や事業継続計画(BCP)の策定も担当した。著書に「知る、考える裁判員制度」、編著に「憲法ルネサンス」など。