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(2)米国・ヨルダン 米とアラブ、喜劇でつなぐ 笑いの渦、文化の壁越え  新たな番組制作に意欲

2022.7.1 0:06 共同通信

 アラブ人の男性はあまり笑おうとしない。そう感じる欧米人は多い。「本当は違う。口ひげがあるから笑っているのが見えないだけなんだ」。中東ヨルダンでコメディー番組をヒットさせた米国人俳優、ブレット・ウィア(44)は陽気に語る。


 米国から首都アンマンに移住し4年が過ぎた2009年、スタンダップコメディー(漫談)をやらないかと誘われた。コメディーの経験はなかったが、幼いころは5人兄弟の中でいつも冗談を言い合った。高校や大学では人を笑わせるショートフィルムを制作した。好奇心に押されてステージに上がると、満員の会場に笑いの渦が広がった。


 数百人のアラブ人を米国出身で白人の自分が楽しませている。文化の壁を越える不思議な感覚。ずっと追い求めていたのはこれだと確信した。


 ▽ブレーク


 ウィアが「絶対にウケる」と言い切る「鉄板ネタ」がある。アラブ人の流儀を全く知らない米国人が無礼な態度を取ってしまう小話だ。


 米国人がタクシーに乗った時、アラブ人の運転手から妹を嫁にほしいと軽口をたたかれる。運転手の妹と結婚させてと冗談で返すと激高され、最後には車外へ放り出されてしまう。

ヨルダンのオンラインのコメディー番組で、ヨルダン人の相方(左)とユーモアたっぷりの演技を披露するブレット・ウィア=Kharabeesh
ヨルダンのオンラインのコメディー番組で、ヨルダン人の相方(左)とユーモアたっぷりの演技を披露するブレット・ウィア=Kharabeesh

 保守的なアラブ人は欧米人には道徳心がないと思いがちだ。だから欧米人に失礼な態度を取ることもあれば、口出しされるのも許せない。そんな偏見や固定観念をくすりと笑わせてみせた。
 

 現地で珍しい米国人コメディアンが、人々から注目を浴びるのに時間はかからなかった。地元テレビの連続コメディー番組「隣の米国人」では脚本と主演を担当。多くの人が家でテレビを見るラマダン(断食月)の時期に放映されたことで、一気にブレークした。


 「ハイ、ブレット。笑わせてくれてありがとう」。街ではスカーフ姿の女性からも声をかけてもらえるようになった。ヨルダン政府の要人は笑顔でこう語った。「もうあなたはアラブの仲間だ」
 

▽憎しみと涙


 アラブに関心を持ったのは、01年の米中枢同時テロがきっかけだった。イスラム過激派が乗っ取った旅客機がニューヨークの世界貿易センタービルに突っ込んだと知り、激しく動揺した。


 「実行犯のモハメド・アッタはなぜ米国人を憎み、自分の命を賭してまで殺そうとしたのか」


 当時大学を出たばかりで、アフリカ南部マラウイの寒村で人道援助の仕事をしていた。ラジオがテロの一報を伝えた時、周囲に集まっていたヤオ族は共に悲しみ、涙を浮かべていた。彼らは全員イスラム教徒だった。


 祖国を未曽有の危機に陥れたテロリストと、自分のために泣いてくれた仲間たち。どちらも同じ宗教を信奉していた。


 「イスラム世界をもっと知りたい」。帰国後、ウィアは西部カリフォルニア州の神学大学院でイスラム教を学んだ。在学中に知り合った女性と05年に結婚し、ヨルダンに移住。英語を教えながらアラビア語を学んだ。


 自宅の近所は、米国が戦端を開いたイラクから避難してきた住民や、パレスチナ難民も多かった。米国はアラブの土地に勝手に攻め込み、土地を奪ったイスラエルの肩を持つ―。会話の端々から米国への憎しみが伝わってきた。


 でも、ウィア夫妻を悲しみの深淵(しんえん)から救ってくれたのもアラブの友人だった。ヨルダンで生まれた幼い息子が突然病死した時、共に悲しみ、ずっと寄り添ってくれた。


 暮らしを通じて、憎しみは米国人ではなく、米政府の強引な政策に向けられていると知った。「アッタと友人だったら、同時テロを思いとどまらせられたかもしれない」と、今は思う。


 ▽分断と夢


 ヨルダンでのコメディー番組は軌道に乗り、続編が米ハリウッドで撮影されるほど話題になった。全てが順調だった13年、ウィアはユーチューブにある自身の動画などへの投稿を見て、凍り付いた。「おまえを通りで見たら、刺し殺してやる」


 隣国のイラクとシリアでは14年、過激派組織「イスラム国」(IS)がイスラム教に基づく「国家樹立」を一方的に宣言。米国人らを人質に取り、殺害する凄惨(せいさん)な事件も起き、欧米へのむき出しの憎悪はインターネット上で広がっていった。身の危険を感じることが増え、心身の健康も損ねて、16年末に帰国を決めた。

ルダンで入手したスカーフを妻に掛けてもらい、笑顔を見せるブレット・ウィア。同国で知られる米国人の一人だ=米東部ペンシルベニア州ウェインズボロの自宅、2021年11月25日撮影
ルダンで入手したスカーフを妻に掛けてもらい、笑顔を見せるブレット・ウィア。同国で知られる米国人の一人だ=米東部ペンシルベニア州ウェインズボロの自宅、2021年11月25日撮影

 

 米国にはアラブへの偏見が根強く残っていた。中東出身者にアラビア語で話しかけても気まずそうに英語で返される。人前で母語を話すことをためらわせる空気が漂っていることが悲しかった。


 新型コロナウイルスの感染拡大によって閉塞(へいそく)感が増し、社会の分断も進んだように思える。だが、ウィアの目線は未来に向いている。故郷の東部ペンシルベニア州で、アラブ人と再びコメディー番組の次回作を制作することが今の夢だ。「頭の中にアイデアがあふれているんだ」。人なつっこい笑顔で、力強く語った。(敬称略、文と写真・高木良平)

 

◎取材後記「記者ノートから」

 「広島、長崎への原爆投下は米国の恥だ」。2021年8月に米ホワイトハウス前で反核デモを取材した時、偶然近くを通り掛かったブレット・ウィアの言葉に驚いた。
 原爆投下で終戦が早まったとする「原爆正当化論」が主流の米国でこう考える人は多くない。
 聞けば、米同時多発テロを機にイスラム教を学び縁あって中東でコメディアンになったという。彼を知りたくなった。
 感謝祭に東部ペンシルベニア州の自宅に招かれた。敬虔(けいけん)なキリスト教徒のウィアの家族は祈りをささげ、日本の客人を温かく迎えてくれた。
 世界では国と国や、異なる宗教の間で意見の対立や争いが絶えない。でも、人が人を思う気持ちは伝わっていく。ふるまってくれた手製の七面鳥料理の味は格別だった。(敬称略、高木良平)

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