被害者意識、復讐願望強く   視標「大阪のクリニック放火殺人」

2022年01月26日
共同通信共同通信

 大阪市北区の心療内科クリニックで起きた放火殺人事件は、衝撃的だった。私自身、大阪府内のクリニックや病院で心療内科の外来診察を担当しており、到底人ごととは思えない。また、このクリニックに通院していた患者さんが事件後何人か私の外来を受診された。中には、ショックで数日間食事が喉を通らなかったという方もいる。

 この事件の死亡被害者は25人に上り、典型的な無差別大量殺人と考えられる。また、大阪府警が放火犯と特定した谷本盛雄容疑者(入院先の病院で死亡)は出火後、逃げるそぶりを見せておらず、むしろ火に向かっていくような動きが防犯カメラに写っていたという。

 したがって、容疑者はもともと自殺願望を抱いていて、クリニックの医師やスタッフ、通院患者などを道連れに無理心中を図った可能性が高い。これは精神医学で「拡大自殺」と呼ばれる。

 容疑者は10年前にも長男を包丁で刺し、殺人未遂容疑で逮捕されている。このときも、離婚した元妻に復縁を断られて孤独感が募り、自殺を考えるようになったが、1人では怖くて踏み切れず、元妻と子供を道連れにしようとしたようだ。

 こうした経緯から見て、容疑者の胸中にはかなり以前から自殺願望が潜んでいたのではないか。

 問題は、なぜ他の誰かを道連れに拡大自殺を図るのかということだ。なぜ1人で自殺せず、他人を巻き添えにするのだろうか。

 この疑問を解き明かす鍵は自殺願望が芽生える理由にある。そもそも自殺願望は、たいてい他人への攻撃衝動が反転したものだ。他の誰かに不満や怒りなどを抱いていても、それを直接示すことができなかったり、とても太刀打ちできないという絶望感があったりすると、その矛先が反転して自分自身に向けられる。

 こうして自殺願望が芽生える。このことは、いじめやパワハラを苦にして自殺した方が、ときどき自分を苦しめた相手の名前を遺書に書き残しているという事実からも、ご理解いただけるだろう。自らの生命を犠牲にすることによってしか、不満や怒りを表明できないほど追い詰められていたともいえる。

 逆に、自殺願望を抱いたとき、その矛先が再度反転して他人に向けられることも、容易に起こりうる。そうなると、拡大自殺に走りやすい。

 それでは単独自殺か、それとも拡大自殺か、その分岐点になるのは一体何か。それはひとえに復讐(ふくしゅう)願望の強さである。

 「少しでもやり返したい」という復讐願望が強いと、「1人で死んでたまるか」という心境になりやすく、できるだけ多くの人々を巻き添えにして、拡大自殺を図ろうとする。

 このような復讐願望の根底には、自分の人生がうまくいかないのは「他人のせい」「社会のせい」と考える他責的傾向が潜んでいることが多い。当然「自分だけが割を食っている」という被害者意識も強い。

 他責的傾向と被害者意識が強いと「なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないんだ」と考えやすい。だから多くの人々の命を奪う無差別大量殺人であっても、本人の思考回路の中では、正当化されてしまう。

 被害者意識が強く、他人のせいと考える人が増えており、今回の事件の模倣犯が出るのではないかと危惧している。

 (2021年12月28日配信)