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がん治療前に精子保存を 男性患者「未来に希望」 周知へ専門家ら動く

2021.11.16 0:00
 若い男性がん患者が将来子どもを得るには、抗がん剤などによる強力な治療が行われる前に、精子を凍結保存しておくことが有効だ。しかし、命に関わる病気の治療に医師らの注意が集中するあまり、そうした選択肢を知らせてもらえない患者もいる。精子保存の意義をもっと知ってもらおうと、専門家や自治体が取り組みを進めている。
 ▽詳しい説明なし
 2019年に大腸がんと診断され、治療を続ける神戸市の鄭信義(ちょん・しに)さんは今年5月、妻まりえさんとの間に長男陽向(ひなた)ちゃんを授かった。
がん治療前に保存した精子を使って子どもを授かった鄭信義さんと妻まりえさん=9月(鄭さん提供)
がん治療前に保存した精子を使って子どもを授かった鄭信義さんと妻まりえさん=9月(鄭さん提供)

 

 治療で不妊になる可能性があると知ったのは、投与される抗がん剤の説明資料の「副作用」の項目を読んだとき。担当医からは詳しい説明がなく「精子がつくれなくなるんですか」と聞くと「うん、つくれなくなるよ」と返ってきて驚いた。
 治療前の限られた時間で国立がん研究センターのパンフレットを取り寄せて神戸市内にある不妊治療クリニックを探し、精子を凍結保存した。
 病気は進行し、不妊治療に踏み出すことに迷いも感じたが、子どもを望むまりえさんの強い思いもあり体外受精を決断。出産に立ち会い、生まれた瞬間は感動して涙が止まらなかった。
 「今は子どもができてよかったと言い切れる」と話す鄭さん。「精子保存という選択肢があると分かれば未来に希望が持てる。幸い自分は資料で気付いたが、男性不妊への対応が不十分な気がする」と振り返る。
 ▽支援行き届かず
 抗がん剤や放射線は、がん治療の重要な手段だが、精巣がダメージを受けて正常な精子ができなくなる恐れがある。男性不妊の治療を専門とする岩端威之独協医大埼玉医療センター助教(泌尿器科)は「精子がほぼつくれなくなる場合もある。治療の前に保存してもらいたい」と強調する。
 若いがん患者の生殖機能を巡っては、体への負担が大きく費用も高額な女性の卵子、卵巣組織の凍結保存への支援は手厚くなってきた。一方で、男性に対しては情報提供や支援が十分行き届いていないと岩端さんらは考えている。
 
 

 


 岩端さんらが14~15年、若い男性のがん治療を多く手掛ける東京や神奈川など5都県の22医療機関に調査したところ「精子凍結保存の説明をしている」と答えたのは68・2%だった。岩端さんは、状況は改善していると見る一方で「診療科によって意識に差があると思う」と話す。高齢患者が多い肺がんや消化器がんの治療現場では、医師らの関心はもっと低い可能性がある。
 ▽地域連携目指す
 「日本がん・生殖医療学会」は、がん医療と生殖医療に携わる医療機関同士のネットワークを全都道府県で設立することを目指している。がん患者が適切なタイミングで情報を入手し、精子や卵子の凍結などの処置を専門施設で受けられるようにするためだ。
 埼玉県では、医療機関同士の連携に加えて、県が協力して医療従事者や自治体の担当者に向けた研修会を18年度から始めた。不妊治療の専門医や臨床心理士が講師で、参加者は生殖機能の温存法、患者の心のケアの仕方、がん治療で生殖機能を失った患者の体験などを学ぶ。
 県の担当者は「講師の先生が『丸投げでいい。まずは相談して』と言ってくれたので、患者をスムーズに紹介する仕組みができた」と話す。研修会には県外からも申し込みがあり手応えを感じるが「一般県民にどう知らせるかが課題だ」と言う。岩端さんも「今はとにかく周知が大事。生殖機能温存に関する情報が広まれば、安心してがん治療を受けられる人が増える」と訴える。(共同=岩村賢人)
※鄭信義さんは2021年12月1日、逝去されました。謹んでお悔やみ申し上げます

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