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「内なる優生思想」決別を   視標「相模原殺傷事件5年」

津久井やまゆり園元職員 西角純志

 相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月26日、入所者19人が殺害され、職員を含む26人が重軽傷を負った、あの衝撃的な事件から5年。裁判では、昨年3月16日に死刑判決が下されている。

 「家族や周囲を不幸にする」などと決め付けて「社会の役に立つために」障害者を殺した園の元職員、植松聖死刑囚に対し、逆に「社会には不要」とばかりに、死刑が宣告されたのだ。

 植松死刑囚は知的障害者を、意思疎通のとれない「心失者」として差別し、「心失者はいらない」「安楽死させるべきだ」として犯行に及んだ。「心失者」とは「心神喪失者」と同義の植松死刑囚の造語で、社会に必要のない「法外」に置かれた人々も意味している。

 弁護側は裁判で「大麻精神病で心神喪失か心神耗弱」と責任能力を争ったが、植松死刑囚は被告人質問で「責任能力がなければ即、死刑にすべきだ」と述べ、自分は「法の内側」にいて当然だと思っていた。

 しかし、彼がどのように考えようと、判決によって自ら差別していた「心失者」と同じ「法外」へと追いやられてしまったのではないか。

 一方、昨年1月に第三者委員会の津久井やまゆり園利用者支援検証委員会が発足し、神奈川県がやまゆり園の運営を委託してきた社会福祉法人かながわ共同会の複数の施設で、入所者に対する不必要な身体拘束と居室への閉じ込め、虐待や暴力が常態化していたことが判明した。

 検証委員会の最終報告を受け、共同会の理事長と常任理事、やまゆり園の園長を兼任する理事が退任を余儀なくさせられた。共同会は「加害者」でもあったのだ。

 園長は植松死刑囚の判決直後の記者会見で、職員から聞き取り調査をした結果として、園内での身体拘束や虐待、暴力などを否定したが、本当だろうか。植松死刑囚は裁判で、職員による園内での暴力に言及していた。

 もしかすると、園の日常が植松死刑囚への差別感情の醸成に影響していたのではないか。共同会という巨大組織のなかで「教育」されていたのではないか。

 障害者施設の職員は、間違いなく、善意から行動している。だが、入所者に対して「優位性」を持つがゆえに、無意識のうちに差別感情が生まれてもおかしくない土壌があると思う。

 そもそも施設の職員ではなくても、人は弱い存在であり、自分が優位と感じ、何をしても他人には容易に分からないという条件が整うと、心に魔がさすときがある。人生のピンチに直面したり、複雑なストレスを抱えていたりすると、心の奥から「内なる優生思想」が頭をもたげてくる。

 会員制交流サイト(SNS)で繰り返される差別的発言や言葉の暴力を見ていると、私たちはこの「内なる優生思想」から逃れられないのではないかとさえ思えてくる。

 植松死刑囚のように、自分の外に敵をつくり、不幸や不自由の理由を説明するのではなく、私たちは自分たちの「内なる優生思想」を認め、勇気を持って決別するしかない。それが5年前に失われた19人もの命に報いることにつながると思う。

 (2021年7月25日配信)

プロフィール:にしかど・じゅんじ 1965年山口県生まれ。やまゆり園には2001~05年勤務。現在専修大講師(社会思想史)。著書に「相模原障害者殺傷事件―裁判の記録・被告との対話・関係者の証言」など。

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