×
メニュー 閉じる メニュー

「表情の魔術師」伊藤が「銅」 卓球女子シングルス、日本初メダル

2021.7.30 0:41 共同通信
7月28日撮影、サーブでボールを見つめる伊藤美誠=東京体育館
7月28日撮影、サーブでボールを見つめる伊藤美誠=東京体育館
 卓球の伊藤美誠は、見ていてとても楽しい選手だ。試合中の微妙な表情の変化が、相手を惑わせ、テレビで応援する視聴者の心をわしづかみにする。くるくる変化する「百面相」だが、不快さはみじんもなくキュートでさえある。混合ダブルスで日本卓球初の金メダルを獲得した伊藤は、女子シングルスでも銅メダルに輝いた。試合後に笑顔をはじけさせる20歳は「テレビ五輪の女王」になった。
 ▽心理戦での「百面相」
 卓球台は幅1・525メートル、長さ2・74メートル。相手選手の息遣いも聞こえるテーブルをはさんで2人が対峙(たいじ)する。テニス、バドミントン、バレーボールなどを含めたネット競技の中では、最も狭い空間で競い合うスポーツである。
 すぐ近くに相手がいるから、心の動きを示す表情やしぐさが直接、伝わる。テレビカメラも自然、どの競技よりも選手のアップ映像が多くなる。サーブを打つ前の伊藤にカメラの焦点がぐっと近づく。伊藤の鼻先は左手に乗せた球に10センチほどに迫り、球を凝視する。すさまじい集中力がレシーバーの緊張を高め、テレビ視聴者をくぎ付けにし、次の瞬間、多彩なサーブが放たれる。
 もっと面白いのはポイント間だ。好ショットで得点を決めると、小さくこぶしを握り締め、一瞬だが「私、上手でしょう」と言いたげな自信ある顔つきになる。時々、小さく舌も出す。逆に、相手に好プレーで得点を奪われると、じっと前を見つめて考える。決して下は向かない。
 競り合っている場面、勝負どころでは、歯こそ見せないものの、わずかに口角を上げて「モナリザ」のような微笑になる。笑うことでリラックス効果を上げようとしているのか。伊藤は「苦しい時には意識して口角を上げるようにしている」と説明したことがある。相手に心の内を見せない意図もあるようだ。「表情の魔術」は、心理戦でもある卓球の戦略のひとつだ。
 ▽「うまい、強い、速い」
 女子シングルスの準決勝は、大きな壁である中国選手に屈した。世界ランキング2位の伊藤に同3位の孫穎莎が立ちはだかった。中国のメディアから「大魔王」と呼ばれて警戒されていた伊藤は、混合ダブルス決勝で中国ペアを破った。中国チームは伊藤対策をさらに徹底したようだ。心が折れてしまいそうな0―4の完敗だったが、伊藤は3位決定戦に向けて前を向いた。
 ユ・モンユ(シンガポール)との銅メダルマッチでは、本来の伊藤に戻っていた。回転が多彩で、読みづらく、返しにくい得意のサーブを駆使して相手のレシーブを崩し、速くて強烈なカウンターで翻弄(ほんろう)した。豊かな表情の変化も取り戻し、勝負を決める終盤には何度も口角を上げた。どこかの宣伝文句をもじれば「うまい(上手)、強い、速い」プレーの連続だった。
 1988年ソウル五輪で五輪競技採用後、卓球の日本女子は低迷が続いた。元祖「天才少女」の福原愛が15歳で出場した2004年アテネ大会で16強入りして光明を差し込み、福原、石川佳純らがチームを組んだ団体では12年ロンドンで銀、16年リオデジャネイロで銅メダルを獲得して、常に期待を背負う人気競技になった。
 何代目かの元「天才少女」だった伊藤は、日本女子では初のシングルスのメダリストになった。魅力あふれるプレーで、今後も卓球人気を牽引(けんいん)していくことだろう。(共同通信・荻田則夫)