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フィン級、最後の五輪スタート セーリング、日本は最高位で有終を

2021.7.27 20:30 共同通信
男子フィン級 出場した瀬川和正=江の島ヨットハーバー沖
男子フィン級に出場した瀬川和正=江の島ヨットハーバー沖
 今回、新しく五輪に加わったのはサーフィンやスケートボードなど4競技と、バスケットボール3人制や各競技の男女混合種目などの新種目で、実施競技数は33、種目数は339まで増えた。五輪が時代に適合して変化しようとする証しだが、無制限に新しい競技、種目を増やすわけにはいかない。取捨選択で消えていく競技、種目もある。五輪のセーリングで最も長い歴史を重ねてきたフィン級は今回が最後の舞台となる。伝統のフィン級の第1レースが27日、始まった。
 ▽名セーラー輩出の伝統種目
 フィン級は全長4メートル50の1人乗りディンギー。1949年にスウェーデン人のデザイナーが開発し、3年後の52年ヘルシンキ大会で五輪に初登場した。以来、五輪セーリング競技の中で最も長い歴史を重ねてきた。その中で多くの名セーラーも生み出してきたが、18度目の五輪となる東京大会を最後に退場する。
 後にアメリカズカップで活躍するラッセル・クーツ(ニュージーランド)=1984年ロサンゼルス五輪金=など著名なセーラーを輩出したフィン級だが、最大のスターは52年ヘルシンキ大会から3連覇を果たしたポール・エルブストローム(デンマーク)だろう。フィン級導入前の48年ロンドン大会では、同じ1人乗りの「ファイアフライ級」で金メダルを獲得。4大会連続金メダルを獲得して「ヨットの神様」として名をはせた。
 エルブストロームと同じようにフィン級3連覇を達成したのがベン・エインズリー(英国)。2004年アテネ大会から3大会連続で金メダルを獲得した。エインズリーは、2000年シドニー大会では同じ1人乗りで別艇種のレーザー級で優勝しており、エルブストロームと同じく4大会連続金メダルを達成したが、1996年アトランタ大会ではレーザー級で2位に入っており、5大会連続メダルを記録した。
 フィン級に代わって、2024年パリ大会では「カイトボード」が採用される。カイトボードはパラシュートのようなセールで風から推進力を得て、水中翼付きのボードで争う。艇種の導入は「男女平等を推し進め、若い世代に人気がある種目を採用すべき」という国際オリンピック委員会(IOC)の要求に応え、結果的にフィン級が押し出された。
 ▽最後のフィン級代表は瀬川
 フィン級が初登場した1952年ヘルシンキ五輪は、第2次世界大戦の敗戦国、日本が五輪に復帰した記念すべき大会でもある。セーリングはフィン級だけに選手を派遣。海徳敬次郎選手が28艇中27位に終わったが、これには理由がある。
 前述のように、フィン級はヘルシンキ大会の3年前に開発されたため、当時の日本には1艇もなかった。日本ヨット協会(現日本セーリング連盟)も設計図を取り寄せるのがやっとだった。フィン級はメインセールだけの1枚帆。そこで、代表選考レースでは「シーホース級」という2枚帆のディンギーからジブセールを外し、メインセールだけの1枚帆にしたものに乗って、各選手が競ったのだ。ジブセールとはマストの前にある三角形をした帆でメインセールよりも小さい。
 海徳選手はヘルシンキに入り、初めてフィン級でセーリングしたが、それは五輪本番のわずか6日前。これでは、乗り慣れた欧米の選手と互角に戦えるはずもなかった。
 日本はヘルシンキ大会を含め、フィン級には6大会に選手を派遣している。最高位は64年東京大会の山田貴司選手と76年モントリオール大会の広沢孝治選手がマークした21位だ。
 今大会、日本勢は88年ソウル大会以来、8大会、33年ぶりに出場する。最後のフィン級代表となった瀬川和正選手は21位を上回ることができるか。57年ぶりの地元開催で、日本勢としての最高位を更新してもらいたい。(共同通信・山崎恵司)