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大学卒業、おめでとう! お父さんも楽しませてもらいました

2021.6.10 11:54 中村 多聞 なかむら・たもん
次女「トコさん」の幼稚園時代、運動会に参加する多聞さん=提供・中村多聞さん
次女「トコさん」の幼稚園時代、運動会に参加する多聞さん=提供・中村多聞さん

 

  自宅のマッサージチェアで居眠りして首が激しい捻挫状態に陥り、車やバイクの運転すらできないほどの痛みだったのですが、友人の整形外科医に診てもらったら一発で治り、超ゴキゲンな中村多聞です。

 

 現役時代から体を痛めた時は、整骨院などの東洋医学系で治療をしていたのですが、今回はたまたま別件もあったので西洋医学のお医者様に相談したら、あっさり解決しました。

 若い時、なかなか治らなかったけがも、もしかしたら「治療院」ではなく「病院」に行けばよかったケースもあったのではないかと、過去の自分の判断を怪しんでおります。

 

 さて、前回は自分の母校について書きましたが、今回は家族のことでございます。僕には二人の娘がいるのですが、上は既に大学を卒業し就職を経て現在は大学院に行っておりまして、今回は下の子が晴れて大学を卒業いたしました。

 

 次女が通っていた大学は「サンノゼ州立大学」と言いまして、カリフォルニア州のシリコンバレーエリアにあります。

 大学付近は発砲事件あり、暴動あり、殺人ありと、あまり治安が良くないエリアです。このサンノゼ州立大学は「ウエストコーストオフェンス」を生み出した、元NFL49ersの名将ビル・ウォルシュさんの母校であることは、アメリカンフットボールファンならご存知だと思います。

 

 二人の娘は、アメリカでいくつもの大学に通いましたが、次女が最後に通ったこの大学には2020年度に「マウンテンウエスト・カンファレンス」で優勝を飾ったフットボールチームがあり、日本のフットボール好きの一人として、初めて自分に関係ある大学のチームを応援して楽しむ経験ができました。

 これはとてつもなく嬉しいことで、願っていたわけではありませんが、夢が一つ叶ったという感じです。

 

 日本フットボール界最大のオヤジたちの祭典「ハドルボウル」で、母校の看板を背負い昔の仲間たちと無邪気に楽しむオヤジな皆さんを心の底から羨ましく思っておりましたが、僕にもようやく応援する権利がある大学ができたわけです。

 コロナ禍前の一昨年に渡米した際には、大学の購買部でスポーツの応援グッズや大学のロゴが入ったウエアを買い漁りました。そこには「サンノゼステートDAD」と書かれたものもあり、もちろん買いました。

 

 単なるファンではなく、本当にそうなんですから嬉しいわけですよ。あ、僕の本当の母校ですか? 部員不足でしょうか、理由は知りませんがリーグ戦には出ていないようです。

 

 娘たちを外国人として米国の大学で教育を受けさせるには、そこそこのコストがかかりますし、何か問題が起きればすぐに直接サポートできるわけでもありませんので、心配もありましたが、それは日本にいても同じですし、まあいっかと割り切っておりました。

 

 彼女たちが生まれたばかりの頃、僕が参加していたNFLヨーロッパで出会ったチームメート達は、現在アメリカに戻ってそれぞれコーチなり何らかの仕事をしているようですが、その多くが「チコとトコに何かあったら、すぐ駆けつけるからお前は日本で安心しとけ!」と言ってくれていました。

 大学の近所には、元チームメートやその人の家族も住んでおり、そのご家庭には二人とも中学生の時からホームステイさせてもらったりしていたので「アメリカのお父さんお母さん」なわけです。

大学を卒業した、多聞さんの次女「トコさん」とアメリカのお母さんジュリー・ブリストルさん=提供・中村多聞さん
大学を卒業した、多聞さんの次女「トコさん」とアメリカのお母さんジュリー・ブリストルさん=提供・中村多聞さん

 

 世界的に新型コロナウイルスの感染が拡大してしまい、華やかなはずの夢のカリフォルニアでのカレッジライフが、ほとんどステイホームでのリモート授業。乾いた軽い風が吹く良いお天気の日、スケボーや自転車に乗る学生が遠くに見える芝生の上で、友達と座り込んでサンドイッチをほお張りながらペチャクチャおしゃべりするのんびりしたあの感じを、ぜんぜん味わえていないのがかわいそうです。

 友達との出会いも、限定されたものになってしまったでしょう。まあそれも運ですから、仕方ないですね。

 

 この後は、アメリカで職を見つけて社会人になる予定だそうで「駄目そうならいつでも僕が経営しているお店『ゴリゴリバーガー』で働けや」(家事手伝い扱いなので給料はなし)と言うと、ブルブル震えておりました。

 アメリカの大学は、卒業後の仕事で優位になるために、専門的な勉強を徹底的にするらしく、日本のように大学の最終学年時に「どんな仕事をしようかなあ」という学生は一人もいないそうです。

 

 そしてその専門分野をもっとしっかり学ぶために大学院がある(これは日本と似ている)ようです。

 初任給もその後の給与も、とても高額な大学の学費があっという間に相殺されるレベルらしいですよ。

 

 これからどんなお姉さんになっていくのか分かりませんが、お父さんは遠くからある程度応援したいと思っています。

 いやーしかし、中学、高校以降から長かった。お父さんは「(学費の支払いが)やっと終わった!」の安堵感でいっぱいです。

 

 余裕ができたので、15年前から興味を持っていた視力を矯正する手術「レーシック」を受けてみました。

 まぶたを開くために、モノマネ芸人のごとく上も下もテープでビシッと止められ、目玉の上にフタみたいなものをかぶせられ、ギューって何かの力が加えられ「痛い痛い、何すんのん!」と言う間もなく「チュン」とレーザーの音がし、焦げたにおいが鼻に入ってきて、執刀医の「ハイオッケー!」的な掛け声とともに終わる左右3分ずつのオペでした。

 実際には視野ゼロの中、顔の上で起こっている出来事を推測しているだけなので、客観的に見るとちょっと違うかもしれませんけどね。

 

 手術を終えた翌日、確かに今まで見えなかった遠くのほうがメガネなしでよく見えます。

 でも、同時に神様は僕に老眼を授けました。医者からも言われていましたし、ネットで事前に調べた時から分かっていましたので、シブい老眼鏡を買いたいと思います。

 

 今後は僕がメガネをしていたら、それは近眼用じゃなく老眼鏡です。初級者ですがどうぞよろしくお願いします!

中村 多聞 なかむら・たもん

名前 :中村 多聞 なかむら・たもん

プロフィール:1969年生まれ。幼少期からNFLプレーヤーになることを夢見てアメリカンフットボールを始め、NFLヨーロッパに参戦しワールドボウル優勝を経験。日本ではパワフルな走りを生かして、アサヒ飲料チャレンジャーズの社会人2連覇の原動力となる。2000年シーズンの日本選手権(ライスボウル)では最優秀 選手賞を獲得した。河川敷、大学3部リーグからNFLまで、全てのレベルでプレーした日本でただ一人の選手。現在は東京・西麻布にあるハンバーガーショップ「ゴリゴリバーガー」の代表者。

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