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洗練されたプレースタイルが魅力 異色の経歴、日大WR毛利元紀

2021.5.17 17:14 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
法大戦でTDを決めた日大のWR毛利(9)=5月16日、富士通スタジアム川崎(撮影:横田航洋)
法大戦でTDを決めた日大のWR毛利(9)=5月16日、富士通スタジアム川崎(撮影:横田航洋)

 

 5月16日、富士通スタジアム川崎で行われた法大と日大の春のオープン戦で、甲子園ボウルに出場した昨シーズンの日大の登録メンバー表に載っていなかった3年生WRが、先発に名前を連ねていた。

 ナンバー「9」毛利元紀(もうり・げんき)。米国の高校を卒業した後、地元の短大に在籍し、この春日大の3年に編入学した異色の経歴の持ち主だ。

 

 関東で長年しのぎを削ってきたライバル法大との試合で、毛利は第1クオーターにQB加藤俊輔(2年)からのパスをエンドゾーンでキャッチした。

 相手DBとの駆け引きに勝っての鮮やかな14ヤードTDレシーブだった。

 

 日大はこの試合、13―19で敗れたが、その洗練されたプレースタイルとポジションについた時の佇まいに目を奪われた。

法大のDBと競り合う日大のWR毛利(9)=5月16日、富士通スタジアム川崎(撮影:横田航洋)
法大のDBと競り合う日大のWR毛利(9)=5月16日、富士通スタジアム川崎(撮影:横田航洋)

 

 「アメリカでフットボールがしたかった」という毛利は、日大三高(東京)を1年の冬に退学し、単身渡米した。

 カリフォルニア州にある小さな私立高校での3年間と、卒業後に進んだ地元の「ロングビーチ・シティカレッジ」(短大)で、WRとしてプレーした。

 短大2年の時は、新型コロナウイルスの影響でシーズンがなくなり帰国。強豪オクラホマ大へのコーチ留学の経験がある橋詰功監督が率いる「フェニックス」への加入を決めた。

 

 「アメリカのフットボールを知っている、橋詰さんの下でフットボールがしたかった。入ってみたら、思った通りのやり方なのでとても嬉しかった」

 毛利は、自分の選択に誤りがなかったと強調する。

 

 173センチ、73キロ、40ヤード走は4秒72。特筆すべきスピードはないが「アメリカでの経験がそうさせるのでしょう。試合での集中力は素晴らしく、おとなしいうちのレシーバーにとってはいい刺激になっている」と橋詰監督は言う。

 

 2015年1月に渡米した後、2度帰国して子どもの頃にフラッグフットボールでお世話になったXリーグの富士通での練習に参加している。

 最初は高校卒業後の2018年夏から短大に入学する2019年1月まで。

日本一になった富士通の通訳兼スタッフとして参加していた毛利(前列中央)=2019年1月3日、東京ドーム
日本一になった富士通の通訳兼スタッフとして参加していた毛利(前列中央)=2019年1月3日、東京ドーム

 

 その時はスカウトチームに参加しながら、スペシャルチームのアシスタント兼通訳を任され、富士通のライスボウル制覇に貢献した。

 

 2度目は、コロナ禍で米国では練習ができなくなった去年の春から夏にかけてで、「フロンティアーズ」でトレーニングに励んでいた。

 

 アメリカでは主に、外から2番目の「ナンバー2」レシーバーだったが、日大では一番外側の「ナンバー1」での起用が多い。

 相手DBとの競り合い、ボールへの寄りに非凡な才能を見せるワイドアウト(WR)は「一度海外に行ってから日本に戻ってくるという選択肢もあることを、もっとたくさんの日本の選手に知ってほしい」と話す。

アメリカの高校時代の毛利=本人提供
アメリカの高校時代の毛利=本人提供

 

 ただ、今年8月に契約期間満了を迎え、志半ばでチームを離れることになる橋詰監督の話になると、寂しそうな表情を浮かべた。

 「自分の日大での選手生活はあと2シーズンだけれど、橋詰さんの指導を受けたいという理由で入ってきた1年生のことを思うと、胸が痛む」。正直な心情だろう。

 

 自分の言葉でしっかり話ができる好青年は、「伝統のあるチームの一員になったのだから、秋の公式戦では(後半無得点に終わった)法政戦のような試合をしないようにしたい。目標は大学日本一」。

 

 今年の日大には、上級生にQBがいないのが悩みだ。3年前の不祥事で、リクルートが思うようにできなかったからだ。

法大戦の後、インタビューに答える日大のWR毛利=5月16日、富士通スタジアム川崎
法大戦の後、インタビューに答える日大のWR毛利=5月16日、富士通スタジアム川崎

 ただ、優秀なレシーバーが若いQBを育て、勝てるチームを作り上げた例は過去にいくつもある。

 本場のフットボールのノウハウとメンタルタフネスを併せ持つ毛利には、リーダーとしての役回りも求められることになりそうだ。

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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