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親子代表見据える娘たち 体操団体銅の畠田好章 【わが街 オリンピアン 徳島県】

2021.5.25 15:00 共同通信
1996年アトランタ五輪体操男子であん馬の演技に臨む畠田好章(共同)
1996年アトランタ五輪体操男子であん馬の演技に臨む畠田好章(共同)
「体操ニッポン」の多くの選手を輩出してきた日本体育大体操競技部。部長兼男子監督を務めるのが1992年バルセロナ五輪団体銅メダリストの畠田好章(47)。「世界選手権は失敗しても翌年があるが、オリンピックは4年に1度。そこが大きく違う」と自らも経験した五輪の難しさを語る。
 渦潮で知られる徳島県鳴門市の小さな体操教室で小学2年の時に競技を始めた。鳴門高ではインターハイ個人総合で2連覇を達成、3年時のアジア大会で代表入りした。
 日体大在学中にバルセロナ五輪代表に選ばれ、若きエースとして団体銅メダルを獲得。96年アトランタ五輪にも連続出場した畠田は「みんなで力を合わせて取れたバルセロナの団体メダルが何よりうれしかった」と振り返る。
徳島県
徳島県

 畠田のメンタルの強さを象徴する逸話が残る。小学5年の全日本ジュニアで前日に足首を痛めながら本人の強い希望で出場し、見事優勝した。元鳴門高体操部監督の中瀬健さん(68)は「小学生時代から指導してきたが、あの時は本当に心(しん)の強さを感じた。いずれは大舞台に立つ選手になると確信した」と述懐する。

 今注目を集めているのが畠田の2人の娘だ。姉の瞳(19)は10月の世界選手権で東京五輪の団体出場枠獲得に貢献し、中学生の千愛(15)も5月のNHK杯で3位に入った新星で五輪を見据える。
 2人の指導は妻の友紀子さん(45)に任せており「娘から聞かれればアドバイスすることもある」と畠田。子どもたちは東京育ちだが、正月には家族で帰省することも多く「徳島は第二の古里」との思いは強い。親子2代のオリンピアン誕生、そして姉妹での代表入りへ県民の期待は膨らんでいる。(徳島新聞社=山口隆弘記者、2019年10月16日配信、所属肩書は当時)