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祈り続けた五輪決勝 柔道金の細川伸二 【わが街 オリンピアン 兵庫県】

2021.5.15 15:00
1984年ロサンゼルス五輪柔道男子60㌔級で優勝を決め、ガッツポーズする細川伸二(共同)
1984年ロサンゼルス五輪柔道男子60㌔級で優勝を決め、ガッツポーズする細川伸二(共同)
 日本のお家芸・柔道。男子60キロ級の細川伸二(59)は1984年のロサンゼルス五輪に挑んだ。大歓声の決勝。韓国のキム・ジェヨプを抑え込み「動かんでくれ。逃げんでくれ」と祈り続けた。横四方固めで一本勝ちした。
 兵庫県一宮町(現宍粟市)出身。「けんかに強くなりたい」と一宮北中で競技を始めた。奈良の名門天理高に進むと「中学まで楽しかった柔道が苦行になった」。早朝に走る。授業を終えるとすぐ稽古。寮に帰って掃除、洗濯、食事当番、自習。夜10時からはウエートトレーニングで肉体を磨いた。
 「今日だけ頑張ろう」「今日が終わればやめてもいい」。自らに言い聞かせ、極限の中でもう一歩、体を動かす。「しんどいことをやり遂げた」という練習後の満足感だけが、心の支えだった。
 ロス五輪後は現役を退き、高校教諭の仕事に専念した。だが、勤務後に夜の街に繰り出していると、自分が堕落していくのが分かった。「これはいかん」と現役復帰し、88年ソウル五輪では銅メダル。優勝したのは、細川が前回五輪決勝で破ったキム・ジェヨプだった。
兵庫県
 

 ソウルで柔道日本の金メダルは男子95キロ超級の斉藤仁(故人)だけ。試合後、日本選手団の食事会ではみんなで泣いた。「ついに日本の柔道も終わった」と。ただ、帰国後は励ましの手紙が多く届いた。

 細川は現在、母校天理大で体育学部長を務め、アジア柔道連盟副会長の要職も担う。2020年に控える東京五輪。「大切なのは、きちんと組んで攻めること。競技人口が減る今、日本が美しい柔道を見せ、子どもたちをこの世界に連れ戻せたら」と期待を寄せる。(神戸新聞社=藤村有希子記者、2019年8月28日配信、所属肩書は当時)