メニュー 閉じる

【伝える 訴える】第48回(米国) 「新聞が消えた町で」

2017.3.9 11:00

監視不在、行政に不正横行 経営悪化で姿消す熟練記者

退職後に開いたアンティーク雑貨店で、地元紙の記者時代について話すケビン・ヘムストック。現在は地元の歴史の編さん作業などにも取り組んでいる=米メリーランド州ミリントン(撮影・山本慶一朗、共同)
退職後に開いたアンティーク雑貨店で、地元紙の記者時代について話すケビン・ヘムストック。現在は地元の歴史の編さん作業などにも取り組んでいる=米メリーランド州ミリントン(撮影・山本慶一朗、共同)

 米西海岸カリフォルニア州ベルは、ロサンゼルス中心部から南東約15キロにある人口3万5千人余りの小さな町だ。

 2010年6月、ロサンゼルス・タイムズ紙のベテラン記者ジェフ・ゴットリーブは、捜査当局がベル市幹部の給与額を調べているとの情報を聞きつけた。市役所に資料を請求したが、偽造文書をつかまされた。

 ゴットリーブは「10日以内に雇用契約書を見せないと法的手段に訴える」と迫った。10日目、市の事務方トップ、行政官のロバート・リッツォに呼び出される。

 市役所近くの公園にある集会所。リッツォや警察署長、弁護士ら10人が取り囲む異様な雰囲気に、脅しが狙いだと感づいた。「マフィアとだってやりあってきたんだ」。闘志に火がついた。ゴットリーブの取材は、全米を揺るがす行政スキャンダルを突き止める。

 
 

 ▽取材の空白地帯

 1993年に就任したリッツォは、当初7万8千ドル(約870万円)だった年間給与を10倍に膨らませていた。手当も含めた年収は150万ドル。警察署長や市議会議員の給与も増額する「お手盛り」で口を封じた。市は財政危機にあえいでいたのに、公共サービス削減や住民の固定資産税の引き上げで、幹部の高給をひねり出した。

 「リッツォ氏に年俸80万ドルの値打ちはあるのか」―。2010年7月15日、ゴットリーブらの特ダネが同紙の一面を飾る。隠してきた給与はオバマ大統領の2倍。「激怒した数千人が市役所を取り囲んだ」という。

 市長を含む8人が詐欺などの疑いで逮捕され、リッツォには禁錮12年、不当利益900万ドル返還の判決が下った。

 ベルはヒスパニックが人口の約90%を占める。もともと白人中産階級中心の町だったが、1980年代から産業が空洞化、人口構成も変わった。

 それとともに24年創刊の地元紙「インダストリアル・ポスト」も衰退、90年代には売却・廃刊に追い込まれた。同紙の関係者は「売却はちょうど高給の行政官がのし上がった時期。事件は住民のお目付け役として健全な地元紙が必要なことを証明した」と振り返る。

 ロサンゼルス・タイムズも経営難で2003年ごろに近隣の支局を閉鎖し、取材の空白地帯となっていた。ゴットリーブも「当時、市幹部の生活が派手になったとのうわさを若手記者が取材したが、実態はつかめなかった」と早期に不正が暴けなかったことを認める。

米カリフォルニア州ベル市の庁舎前に立つ、ロサンゼルス・タイムズ紙の元記者ジェフ・ゴットリーブ。同市の幹部が高額の給与を受け取っていることを特ダネで明らかにした(撮影・鍋島明子、共同)
米カリフォルニア州ベル市の庁舎前に立つ、ロサンゼルス・タイムズ紙の元記者ジェフ・ゴットリーブ。同市の幹部が高額の給与を受け取っていることを特ダネで明らかにした(撮影・鍋島明子、共同)

 ▽特ダネ記者も

 ゴットリーブの記事は公益に資するとして、11年に米新聞界最高の栄誉とされるピュリツァー賞を受賞した。しかし、人員削減を進めるロサンゼルス・タイムズは特ダネ記者も閑職に追いやる。

 「高齢の記者を追い出そうとしている」。今年63歳のゴットリーブは昨年春、同紙を退職し、タイムズ社を提訴した。

 ゴットリーブだけではない。15年11月には82人が早期勧奨退職に応じたと報じられるなど、経験豊富な記者が多数去った。「若い記者はソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)への書き込みなどで考える時間が減り、取材力が落ちている」と懸念する。

 米新聞界の経営は厳しく、地方紙は廃刊が相次ぐ。出版調査機関の米AAM(旧ABC)によると、14年の米新聞社数は計1331社。00年から約150社が姿を消した。総発行部数は4042万部で、ピークだった80年代の6割強だ。

 ニューズ・コーポレーションやトロンクなど多数の有力紙を抱えるメディア大手は、収益性の低い新聞事業を切り離して分社化した。

 新聞各社は単体での生き残りを迫られている。取材力が低下し、行政や企業を監視する役割を担う記者が減った結果、汚職や企業の不祥事が表面化しづらくなった。

米メリーランド州ケント郡の地元紙「ケント・カウンティ・ニューズ」。米国の小規模な地方紙で社屋も平屋建てだ(撮影・山本慶一朗、共同)
米メリーランド州ケント郡の地元紙「ケント・カウンティ・ニューズ」。米国の小規模な地方紙で社屋も平屋建てだ(撮影・山本慶一朗、共同)

 ▽地方紙の役割

 「農地に風車建設の計画」―。米東部メリーランド州の田舎町チェスタータウン。大豆農家のジャネット・ルイスは15年3月、地元紙「ケント・カウンティ・ニューズ」の一面記事で大規模な工事計画を初めて知った。

 石畳の道など古い町並みが自慢の町に、高さ約152メートルの巨大風車を50基も建てるという。近郊の大都市ボルティモア最大のビル(40階建て)に匹敵する高さだ。

 ケント紙は前身の創業が1793年と古い歴史を持つ。だが、コスト削減のため記者の数は減り続け、現在は記者3人と助手1人だけ。ルイスは「(風車計画の)続報を求め、ケント紙に何度も手紙を送ったが返事はなかった」。人員不足で取材に手が回らないのだ。

 2000年に入社したケビン・ヘムストックは「助手を解雇しろ」と会社に言われ、逆らって自分が辞めた。地方紙の窮迫する現状に、危機感を募らせる。「ネットに出ない地方の問題を報じるのが地方紙の存在意義。民主主義を守るため、その役割を人々に思い出してほしい」。

事件があった米カリフォルニア州ベル市。人口約3万5千余り、英語を話せない貧しい移民が多い地区だ(撮影・鍋島明子、共同)
事件があった米カリフォルニア州ベル市。人口約3万5千余り、英語を話せない貧しい移民が多い地区だ(撮影・鍋島明子、共同)

 ◎足で掘り起こす

 「新聞の混乱はこれからも続く」。ゴットリーブの言葉を聞いて、暗い気持ちになった。2013年に米国に赴任して以来、新聞社の人員削減や合併・買収(M&A)話は数多く耳にしてきたが、明るいニュースはほとんどない。

 紙面を持たないウェブサイト中心の新興メディアが次々と誕生し、競争は激しい。インターネットで公開された記事は瞬く間に模倣、拡散される。人々が日記やフェイスブックでシェアする記事も、聞いたことがない無名メディアが発信元というケースが増えた。

 だが、地方ニュースや調査報道は、経験豊富な記者が足で掘り起こす新聞に強みがある。ネットで入手した情報だけで書いた記事に魅力はない。独自の取材で、他の追随を許さない記事を書かなければと改めて思う。(共同通信ニューヨーク支局 山本慶一朗、敬称略)

最新記事