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【伝える 訴える】第46回(米国) 「米大統領選とメディア」

2017.2.23 13:18

「不信の壁」崩せず敗北 有権者との関係に変化

 米大統領選を間近に控え、激戦区といわれたノースカロライナ州でトランプ氏の演説に歓声を上げる人たち=同州セルマ(撮影・喜多信司、共同)
 米大統領選を間近に控え、激戦区といわれたノースカロライナ州でトランプ氏の演説に歓声を上げる人たち=同州セルマ(撮影・喜多信司、共同)

  「ヒラリー・クリントンが放った敵は誰か。主要メディアだ。結託して私をつぶそうとしている」。満員の集会場。ドナルド・トランプが手を広げて壇上から訴えると、選挙スローガンの「米国を再び偉大にする」と書かれた帽子をかぶった男たちが声を上げた。

 「くたばれCNN」「真実を伝えろ!」。米大統領選の共和党候補のトランプが戦い、ねじ伏せたのは民主党候補のクリントンだけではない。

 公職経験ゼロの異端児の台頭を予見できず、有権者の間に広がる「メディア不信の壁」を崩せなかった既存メディアもまた、敗北したのだ。

 
 

 ▽トランプの帝国

 「うそつきヒラリー。腐敗しきっている」「バラク・オバマは史上最悪の大統領としての名を残すだろう」
 トランプは大統領選出馬を表明した昨年6月以来、昼夜を問わずツイッターに政敵への“口撃”を打ち出してきた。フォロワー数は1400万を数える。眉をひそめるような暴言の数々はリツイート(転載)されて全米に拡散し、ニュースを席巻し続けた。

 「短くパンチの効いた言葉。内容はなくてもいい。ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に囲まれて生きる人々に自分を売り込む方法を知り抜いている」。米セント・ジョセフ大でメディア研究を続けるセオドア・ハムはそう分析する。

 トランプは人気テレビ番組の司会役としてメディア操縦術を培った。デジタル空間でも、自分というブランドのトップセールスマンになったのだ。

 不法移民阻止のための「国境の壁」建設やテロリストの拷問容認など過激な公約を掲げては、非難の集中砲火を浴びせる主要メディアを「既得権益層の手先」と位置付け、支持者にこう呼び掛けた。「このシステムは不正だ。信じるな」

 ツイッターやフェイスブックでの情報発信に加え、選挙直前にはネット上でライブ配信の番組を開始し、「偏向したメディア」を迂回(うかい)して自らの主張を届けると言い放った。それはトランプが築いた情報空間における「帝国」だ。

2016年9月、米フロリダ州マイアミでの集会で演説するトランプ氏(ゲッティ=共同)
2016年9月、米フロリダ州マイアミでの集会で演説するトランプ氏(ゲッティ=共同)

 ▽「中立」信じない

  今年10月、中西部オハイオ州で開かれたトランプの選挙集会。長蛇の列をつくる支持者の中に、38歳の会社員モーガン・コルターがいた。「テレビなんて見ないよ。ヒラリーばかり応援してフェアじゃない」。彼も「帝国」の住人だ。

 ニュースはネットでチェックしている。コルターが挙げたのは、陰謀論を展開することで知られる右翼系サイトだ。トランプはここでインタビューに応じて「過激なイスラム主義者が米国を攻撃する。監視を強めなくては」と語っている。

 事実検証サイト「ポリティファクト」によると、選挙戦開始から10月末までのトランプの発言は「ほぼ虚偽」「虚偽」「大うそ」が約7割。その主張をなぞるような非主流右派メディアは、トランプの快進撃とともに利用者を集め、無視できない存在に成長した。トランプ政権の首席戦略担当兼上級顧問に決まったスティーブン・バノンは、代表的な保守系サイト「ブライトバート・ニュース」の運営者だ。

 主要メディアについて「大企業に操られている。中立なんて信じない」と話すコルターは、勤めていた工場の人員縮小で無職の時期が続いたという。「何か割を食っている」。鬱屈(うっくつ)した感情に答えるのは「客観的事実」とは別のものだ、と言いたげだった。

米大統領選の投開票日、クリントン陣営の集会を取材する報道陣。多くのメディアが投票日前まで同氏の優勢を報じていた=米ニューヨーク(撮影・喜多信司、共同)
米大統領選の投開票日、クリントン陣営の集会を取材する報道陣。多くのメディアが投票日前まで同氏の優勢を報じていた=米ニューヨーク(撮影・喜多信司、共同)

 ▽ニューノーマル

 11月8日、各種世論調査でリードするクリントンの勝利を織り込んでいた米メディアは「トランプ大統領」誕生という番狂わせの結末に戸惑いを隠せなかった。

 過去の女性蔑視発言などの醜聞が次々と判明したことを受けて大半の米紙がクリントンを支持、トランプの予想勝率は2割前後をさまよっていた。だが、主要メディアを含む「支配層の圧力」で劣勢に追い込まれたとみた支持者は、逆に結束を固めていたようだ。

 CNNテレビで番組を持つブライアン・ステルターは、トランプが主要メディアの正当性を徹底的に奪うことで「メディア戦争に勝利した」と話した。「醜い現実だ。メディアと人々の関係は永遠に変わってしまった」

 今年のギャラップ社の調査では「メディアを信頼できる」との回答は32%と過去最低に。メディア不信が高まる中で行われた今回の選挙では、共感できるニュースだけを選んで提供するSNSに人々が吸い寄せられていった。この動きに火を付けたのが、トランプだ。

 大統領ケネディ暗殺の瞬間を伝え、ニクソンが政権を追われる契機となったウォーターゲート事件を暴いて世界中をくぎ付けにした、あの米メディアはもう存在しないのかもしれない。米国ではいまトランプ勝利に抗議するデモが拡大しているが、テレビはこの国の分断を映すだけだ。

 ◎重い敗戦処理

  「国境に壁を築け」「クリントンを投獄しろ」―。トランプの選挙集会では、暴力性さえ帯びる主張に人々は「USA」の喝采で答えた。自由と民主主義を重んじてきたはずの米国の「本音」を引き出す磁力があった。
 グローバル化に押し流されたと感じる白人労働者層の怒りをすくい取るようにトランプは支持を拡大した。オバマ大統領の選対幹部を務めたデビッド・アクセルロッドは「差別的な主張は人を引きつける道具だ。彼は日和見主義者にすぎない」。
 だが、アウトサイダーを大統領の座に押し上げた「取り残された人たち」の声を既存メディアが把捉できなかったことは確かだ。敵をつくることで熱狂を生むトランプ流に翻弄(ほんろう)され、本来の役割を見失ったメディアには、重い「敗戦処理」が待ち構えている。

 (文 共同通信ワシントン支局 豊田祐基子、写真 喜多信司、 敬称略)=2016年11月23日

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