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【伝える 訴える】第41回(アルゼンチン、チリ) 「抵抗の民」

2017.1.18 10:48

南米先住民「最後の牙城」 マプチェ、誇りと焦りと 

国営石油会社の天然ガス施設が稼働する土地に暮らし、先住民マプチェ一族と共に開発への抗議活動を続けるロレナ・マリペ=アルゼンチン中西部アニェロ郊外(撮影・村山幸親、共同)
国営石油会社の天然ガス施設が稼働する土地に暮らし、先住民マプチェ一族と共に開発への抗議活動を続けるロレナ・マリペ=アルゼンチン中西部アニェロ郊外(撮影・村山幸親、共同)

  見渡す限り、低木と土漠の荒涼たる風景が広がる。アンデス山脈から吹き下ろす、強烈な寒風が頬をたたく。

 南米アルゼンチンとチリの南部にまたがるパタゴニア地方。「大地の人々」の意味を持つ先住民マプチェが先祖代々守り抜いてきた土地だ。

 スペイン人の征服者が南米大陸に足を踏み入れてから500年余り。各国で先住民の同化が進む中、マプチェは支配にあらがい、同化を拒み続け、「抵抗する民」として名をはせてきた。

 

 
 

 ▽負けてはならない

  「マリチウェウ、マリチウェウ」。たき火の前で、37歳の女性リーダー、ロレナ・マリペと一族が拳を夕暮れの空に突き上げ、叫んだ。マリペ一族はアルゼンチン中西部アニェロ郊外の荒野に暮らすマプチェだ。国営の石油会社YPFが、父祖伝来の土地で進める石油と天然ガスの掘削に反発。見張り小屋を建て24時間態勢で監視を続ける。

 叫び声に込められた意味は「10人の指導者が倒されたら、新たに10人が蜂起せよ」。マリペは「マプチェには『決して負けてはならない』という抵抗の血が流れている」と語る。

 マプチェの総人口は100万人余り。アンデス山脈の両側で、主に牧畜や農業で生計を立てながら暮らす。

 マプチェの歴史は、反骨そのものだ。現在のペルー南部クスコを首都に、大陸北端コロンビアからチリ中部まで版図を広げたインカ帝国(15~16世紀)にも屈しなかった。スペインによる征服後も1860年、パタゴニアで独立国家樹立を宣言。だがリーダー不在で瓦解(がかい)し、約20年かけて再びチリなどに併合された。

 マプチェが特に多いチリ中部アラウカニア州では、国軍の駐留に抵抗した。凄惨(せいさん)な民主化運動弾圧で知られた1970~80年代のピノチェト軍事独裁政権にあらがい、多くの先住民が非業の死を遂げた。90年の民主化で政府との対話が始まったが頓挫し、土地や水の権利を求めるデモや占拠が各地で続く。

 石油会社が開発を進める荒野で稼働する採油ポンプ。作業は24時間続けられている=アルゼンチン中西部アニェロ郊外(撮影・村山幸親、共同)
 石油会社が開発を進める荒野で稼働する採油ポンプ。作業は24時間続けられている=アルゼンチン中西部アニェロ郊外(撮影・村山幸親、共同)

 ▽鎖で体を

 「新たに造った石油掘削機を稼働させるため、電線を引きたい。理解してもらえませんか」

 見張り小屋を訪れたYPFの交渉係ルイス・ハラが平身低頭で頼み込んだ。だが、マリペの態度は冷たい。「家族みんなが嫌だと言っている。お断りします」

 一族約80人が暮らすには広大な1万6千ヘクタールの大地。気付かぬうちに掘削施設が造られ、一部は既に稼働していた。

 話し合いが不調に終わり、車に戻ると68歳のハラは急に口調を変えた。「土地は地元政府のもの。本当は彼らには開発に反対する権利はない」

 「勝手に造るとトラブルの元だから、話を聞いてやっている。やつらは金がほしいだけだ」と吐き捨てるように続けた。

 マリペは反論する。「金を要求したことは一度もない。先祖の土地を守りたいだけだ」

 2014年10月。一族の数人が掘削機に上り、鎖で体を縛り付けて稼働を食い止めた。油田開発で生活用水の川が汚れ、一族に病人が急増したからだ。「実力行使はしたくなかった。だが、父ががんで死に、仕方なかった」。地元政府は間もなく、一族の居住権を初めて認めた。だが、アルゼンチン政府はマプチェ居住地域に警官を増員して圧力を強める。

 土地を守る運動で放火や暴動がエスカレートしたチリは、さらに抑圧的だ。ピノチェト軍政下で作られた反テロリスト法をマプチェに適用し厳罰化。服役囚はハンガーストライキを起こし、国連に仲介を求めて首都サンティアゴの国連施設に立てこもったグループも。政府との対話は停滞し、抗議は再び過激化の兆しを見せる。

民俗衣装の機織りをするマプチェの女性。伝統的な模様の織物も今では観光用にわずかな数が残るだけになってしまった=チリ中部テムコ(撮影・村山幸親、共同)
民俗衣装の機織りをするマプチェの女性。伝統的な模様の織物も今では観光用にわずかな数が残るだけになってしまった=チリ中部テムコ(撮影・村山幸親、共同)

 ▽消えゆく伝統

 そんなマプチェにもあらがえないものがある。生活の現代化だ。

 太平洋岸に近いアラウカニア州西部。湖畔の寒村に立つわらぶき小屋で、機を織る民俗衣装の女性を観光客の一団が物珍しげに眺め感嘆の声を上げた。「初めて見た。伝統は守りたいけど、ほとんど知らない」

 実は洋服姿の観光客も全員が、町に住むマプチェ。植物を煮出した染料で羊毛を染める様子を真剣に見詰める。

 「マプチェがマプチェに伝統技術を紹介しなければならなくなった」。地元一族のリーダーで、50歳のマプチェ政党幹部グスタボ・キラケオは嘆いた。「マプチェの言葉を話せる者は、実は20%しかいない」。大半は伝統的な暮らしを捨てた。

 マリペの夫は白人だ。娘の夫も白人系で、生後間もない孫は、見ただけでは先住民系かどうか分からない。

 だが、マリペには「屈服を余儀なくされてきた南米先住民の最後の牙城」というマプチェの自負がある。「土地を守るため死ぬまで戦う」。石油施設をにらむマリペの顔に、抵抗の民としての誇りと伝統喪失の焦りがにじんだ。

 ◎無視される声

  先住民人口比率が85%と南米最多のボリビアでさえ、先住民の大統領が誕生したのは2006年のエボ・モラレス氏が初めてだ。隣国チリの人口に占めるマプチェの割合は約9%。アルゼンチンに至っては先住民全体でも3%にすぎない。

 政財界を白人が牛耳る南米で、先住民の声はほぼ無視され続けてきた。大陸南部の辺境で、抵抗を続けてきたマプチェの反骨心が国際社会から注目を集め始めたのは、石油や銅などパタゴニアにも眠る天然資源の価格が世界的に一時高騰したからにすぎない。

 パタゴニアの無人の荒野で、石油掘削機が上下する光景に感じた何とも言えない違和感。「開発はやむを得ない部分もあるが、その利益を地元に還元してほしい」。マプチェの声は政府に届くだろうか。

 (文 共同通信記者 遠藤幹宜、写真 村山幸親、敬称略)=2016年10月19日

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