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「政治に懸ける」 東大卒医師、県議に 

2016.6.28 19:55

地域医療の充実目指す 若手集めの鍵は教育

宮崎市内にある勤務先の病院で、カルテをチェックする清山知憲。週末に医師として働くのは「患者さんの話を議員活動に生かしたい」から
宮崎市内にある勤務先の病院で、カルテをチェックする清山知憲。週末に医師として働くのは「患者さんの話を議員活動に生かしたい」から

 親類が集まり、盛大な還暦祝いを終えた夜。28歳だった内科医の 清山知憲 (きよやま・とものり) は宮崎市内の自宅で、上機嫌の父 雅晴 (まさはる) に“爆弾宣言”した。
 「県議選に出る」。東大医学部を卒業し、米国で感染症治療を学んだ清山の言葉に家族は衝撃を受けた。「やっとお医者さんになれたのに…」
 「宮崎の医者を増やしたい。それには政治家になる方がいい」。抑えきれない思いを打ち明けた。「ニューヨークから急に帰るなんて変だと思った」と言う雅晴は、反対しながらも話を聞いてくれた。9カ月後の2011年4月、清山は宮崎県議に当選した。

 
 

 ▽否定に奮起

 道は平たんでなかった。根負けした家族も支えたが、親類に政治家はいない素人集団。選挙のハウツー本を10冊ほど買い、福岡市長選で面識のない候補者を手伝ってみて「やれる」と感じた。
 意外だったのは政治家が尊敬されず、逆に嫌われていると実感したこと。地元のためにと思っても、感謝されるどころか「なぜ県議なんかに」とあきれられた。でも、否定されるほど燃えた。「目的や意義を見いだせばエンジンがかかる。一度かかると馬力は強い」
 「20代」と「医師」を強調し、ポスターは若手デザイナーと練った。地元の同窓生が運転する選挙カーで走り回り、気付けば宮崎市選挙区の19人でトップ当選していた。
 無所属だったが、当選後に自民党入りする。「正しい主張もマイノリティーだと採用されない。目的のためには手段は選ばない」。多数派入りが早道と考えた。34歳になった2期目の清山は「破天荒」と自己分析し、時には会派の重鎮とぶつかる。「意見が違い、歯がゆさも感じる」。でも、信念は曲げない。
 招き入れた元自民県連会長の 中村幸一 (なかむら・こういち) (73)は「言いたいことは言う男。理解できる人は少ないが、角が取れたらおしまい」と評価する。

宮城県議会の本会議で一般質問に立つ 清山知憲。手元の資料は見ず、熱を込めて語りかける=宮崎市
宮城県議会の本会議で一般質問に立つ 清山知憲。手元の資料は見ず、熱を込めて語りかける=宮崎市

 ▽厳しい現実

 「本音ではどれぐらい必要と考えてるんですか」。昨年11月、県議会本会議で、いら立つ清山が県の幹部を問い詰めた。県内で働く研修医の年間目標数を尋ねていた。
 以前は出身大学での研修が慣例で、大学病院は過疎地に研修医を派遣して地域医療を支えてきた。今は研修先を自由に選べ、多くが都会に流れる。宮崎の医者を増やすには、研修医として残ってもらう必要があるが、96人の募集枠に半数強しか応募がないのが現実だ。「目標は62人」と弱気な幹部に清山は「鹿児島は99人が内定している。宮崎もせめて90人に」と食い下がった。
 「教育が充実した病院に若手は集まる」が持論。県立病院の在り方も質問した。幹部は「育てる機能の強化が重要。魅力的な研修病院にしたい」と答え、具体策を模索中だという。「意識は変わってきたかな」。顔をほころばせた。
 宮崎市の繁華街のそば店に生まれた。朝から晩まで働く両親に代わり、小学校に送り迎えしてくれた祖母の面倒を見たいと医師を志した。肺がんを患って3年前に94歳でみとり、思いを遂げた。
 患者と向き合う医師像を目指してきただけに、指導医が「これやっといて」と命じるだけの東大病院や宮崎の県立病院は物足りず、研修先は医師育成を理念に掲げる沖縄県立中部病院を選んだ。

 ▽コツを伝授

 転機は清山が米国の病院に移っていた09年に訪れた。ネットで宮崎の医師不足を伝える記事を読み、県議会の議事録も調べて確信した。「こんな議論してたら若い医者残らんわ」。研修先選びが自由になり、若手が都会に取られたと新制度が批判されていた。魅力的な研修先にする前向きな議論こそ必要なのに。
 明け方、妻 千晴 (ちはる) (33)を起こした。「宮崎で政治やるかも」。「何言ってるの」。妻はあきれた。「医者がいなくて医療を受けられない人がいる。そこを無視して感染症の治療ができるか」。帰国を決めた。千晴はそんな夫を「家族や友人以外の問題も本気で解決したいと考える。その範囲が広い」と優しく見守る。
 清山は今も地元の病院で診察し、救急当直の応援に入る。ある日は宮崎大病院で、医学生5人に即席の授業をしていた。
 「カルテの書き方教えるよ」。スクリーンにカルテを映す。議員バッジが光る上着を白衣に替え、考えつく病名を尋ねた。肺炎、結核、気管支拡張症…。「あらゆる可能性を想像してカルテに盛り込め」。それが診察の出発点、との思いが清山にある。学生は「そんなふうに教わったことない」と現場でしか学べないコツを熱心にメモした。医師教育充実の実践だ。
 「一人の医師として教育の大切さを訴えても限界がある」。だから県議になった。医療体制の不備で治療を受けられない高齢者がいる。そんな現実には黙っていられない。(敬称略、文・市川貴則、写真・播磨宏子)

◎こんな議員もいる

  エリート医師の道を捨て 県議になった自己主張の強い変な人。行政取材を始めたころは、そんな認識だった。興味を持ったのは、自宅の郵便受けに入っていた 清山知憲 (きよやま・とものり) の「県政通信」を読んだ時だ。自分の政務活動費の使い道や県の財政状況を分かりやすく紹介し「有権者に当事者意識を持ってほしい」という熱意を感じた。
 資質が問われる出来事が各地で相次いで地方議員のイメージは悪いが、こんな人もいるのかと新鮮に映った。
 2度目のトップ当選を「ふわっとした票がいっぱい」と表現する清山の県政報告会には、幼い子どもを連れた母親も訪れる。安心して「この人なら」と思えるからに違いない。信頼できる議員を住民は支える。政治に無関心が広がる今、民主主義の原点に気付かせてくれる存在だ。(敬称略)

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