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【編集後記】Vol.336

2020.7.31 13:29 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
2007年の「甲子園ボウル」で対戦した関学大と日大=大阪・長居陸上競技場
2007年の「甲子園ボウル」で対戦した関学大と日大=大阪・長居陸上競技場

 

 会社にいても在宅勤務でも、電話取材はどこかもどかしい。相手の顔が見えないやり取りは、微妙なニュアンスが伝わらずいらいらが募る。

 事態の収束どころか、全国的に再び感染拡大の勢いを増している新型コロナウイルスを恨み、悶々とする日々が続く。

 

 動画やDVDを見る機会が増えた。もちろん、アメリカンフットボールの映像である。過去の「甲子園ボウル」をあらためて見直すと新しい発見がある。

 何度か解説者としてテレビ中継のお手伝いをした。いずれも母校がらみだったが、勝った試合は一つしかない。

 1988年の第43回大会。日大が関学大を35―28で破った一戦だ。

 

 日大は、4年生QB山田喜弘選手が、自慢の走力を生かして関学大守備陣を翻弄。1年生RB山口敏彦選手の活躍も思い出に残っている。

 勝利の要因に、当時の日大・関孝英主将の卓越したリーダーシップがあったことを知ったのは、だいぶ後になってからだ。

 

 2007年の第62回大会は、甲子園球場の改装に伴い、会場を大阪・長居陸上競技場に移して開催された。

 17年ぶりに晴れの舞台を踏んだ「フェニックス」は、大会史上に残る激戦の末、宿敵「ファイターズ」に38―41で敗れた。

 心震えるライバル対決の余韻に浸り、新幹線で当時勤務していた福岡に帰った記憶がある。

 

 新型コロナウイルスの影響で、今年は全国8連盟の優勝校による「全日本大学選手権」の開催が見送られた。

 同選手権の決勝に位置づけられている甲子園ボウルは、2008年までの関西と関東の代表校による「東西大学王座決定戦」としての開催を目指すという。

 

 リーグ戦の開催自体が危ぶまれる状況で、日本学生協会が下した苦渋の決断。この決定に関東、関西以外の親しい地方連盟関係者の残念そうな顔が浮かんだ。

 日本の学生フットボールの象徴である甲子園ボウルの開催は、どんな形でも是非実現してほしいと思う一方で「無理はしないで」と切に願う。

 

 7月が終わり、梅雨明けの声が西から聞こえてきた。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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