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魚影の群れ 「OWS」と私

2016.8.19 11:52

 リオデジャネイロ・オリンピックで盛り上がる2016年夏。
 私の「依子」という名前は、1964年の東京オリンピック陸上女子80メートル障害で活躍した「依田郁子選手」に由来するらしい。
 〝いかなる障害も乗り越えられるように〟と親が名付けたそうだが、名は体を表さず、私は障害に滅法弱い。
 しかもオリンピックには全く興味がないときている。


 テレビのオリンピック中継には目もくれず、私は車を走らせる。
 こじらせた風邪を風で吹き飛ばしながら、海へと向かった。


 逗子、三浦、伊豆、大磯。
 東京から車で3時間も走ると、色んな海の表情が見られる。
 私のお目当ては海水浴。
 透明感抜群、凪いだ渚、大波に揺られ、クラゲに刺されたりと、それぞれの海に趣きがあり魅了された。


 今夏は、海水浴を一層楽しくさせてくれる映画との出会いもあった。
 実は試写の時からずっと気になってはいたものの、こればかりは夏休みに映画館で観ようと決めていた。
 先日やっと観たが、久々にヤラレっぱなしの面白い映画だった。


 『ロスト・バケーション』(2016年 ジャウム・コレット=セラ監督)。
 原題は『The Shallows』(直訳すれば『浅瀬』)。
 海の浅瀬で金髪美女サーファーと人食い鮫の一騎打ち! というワンシチュエーションのパニック&サバイバル映画。


 人食い鮫に襲われ、足を負傷し、血だらけのヒロインが、浜辺からそう遠くない岩場に泳ぎ着く。その岩場で彼女が体験する極限の恐怖。


 しかも、巨大人食い鮫に襲われるだけではない。
 強烈な日照、空腹、潮汐、火傷珊瑚、毒クラゲなど、さまざまな海洋サバイバルが彼女を待ち受けているのだ。(そんな孤立無援な彼女を見守る小さなバディの存在も見逃せない)


 ちょうど海でクラゲに刺されたばかりで観に行った私は、クラゲだらけの場面で卒倒しそうになり、館内で思わず奇声を漏らしてしまった。
 ヒロイン目線の体感型映画だったので、86分を観終わってヨロヨロになりながら映画館をあとにした。
 

 とはいえ映画の影響力は人を無敵にさせてしまうもの。
 無性に波乗りがしたくなり、大磯の海に向かった。


 〝日本の海水浴発祥の地〟と言われる大磯。
 大磯生まれのトモダチは、海岸にある「かぶと岩」まで泳ぎ、岩に登ってそこから飛び降りたりしたものだと懐かしそうに話す。
 今ではそういう遊びをする子どもの姿は見かけなくなった。
 多分、あそこまで泳いで辿り着く達成感よりも、ポケモンGOを制覇する方が楽しいのだろうか。


 早速、トモダチと一緒にショアブレイクを超え、沖合いへ出てサップで遊ぶことに。今回は二人乗り用の板を用意してくれた。


 サップとは今はやりのスタンドアップ・パドルボードのこと。
 凪いだ海辺に波乗りボードの先端に犬を乗せ、立ち漕ぎしている姿を見かけたことはないだろうか。最近ではこのサップの上でヨガ教室なんかもやっている。
 体幹が鍛えられるそうだが、まずは楽しむことを優先する私。


 インサイドのショアブレイクにやられながらも、アウトサイドへボードを出せば、まるで聞き分けのいい女のように、波は穏やか。
 板に座って浮かんでいるだけで気持ちよい。
 遠くに見える江ノ島や、漁船の行き来を眺めているだけでも楽しい。
 

 そして、いつしか例の「サメ映画」の話になった。
 トモダチは波乗り中に某所でサメを見かけパニクったらしい。
 そういえば、私もかつて小さなサメを海中で見たことがある。
 あれは確かにビビる。海中で焦るとロクなことにならない。とにかく冷静に、落ち着いて行動するのみだ。


 翌日、私はショアブレイクで遊ぶ子どもたちを横目に「かぶと岩」まで泳いだでみた。上陸しようかとも思ったが、台風前の影響か、波が高くて断念。
 足のつかない場所まで行くとショアブレイクにもやられないので、ゆったりと波に揺られながら、小一時間ほど遊泳。
 山陵に陽が隠れるまで、海水浴を堪能した。


 帰宅して熱いシャワーと珈琲でひと休み。
 つけっぱなしのテレビが映すオリンピック中継にふと目をやると、そこには不思議な競技が映し出されていた。


 一斉に海へ放流され群れをなして泳ぐ魚のような選手たち。
 給水スポットらしきところでは、入れ食い状態の海釣りスポットさながらの光景。泳ぐ選手の周りをカヌーや数隻の船が並走しているのだが、その様子は追い込み漁をする漁船にしか見えない。


 「オープンウオータースイミング」(OWS)というものらしい。
 10キロという長距離を2時間以内で泳ぎきるという過酷な競技で、2008年の北京オリンピックから正式種目になったらしい。
 北京では人工の貯水池、ロンドンではハイドパーク内の湖で開催されたそうだ。まったく記憶にない。
 どれだけ私はオリンピックに関心がなかったのだろう。


 やがて10キロを2時間近くもかけて泳いだというのに、ゴールは岩礁でも、岸辺でもない。
 海中に備え付けられた単なるゴール板をペシペシ叩いてゴールする選手たち。
 しばらくしてやってきた救出ボートに陸揚げされていた。


 なんなんだこの競技は?


 一目見てからその摩訶不思議な競技に目が釘付けの私。
 しかも今回初めて海での開催だったのでなおさらだ。
 コパカバーナ要塞の海の様子は? 深さは? クラゲは? 波は? 水質は?
 あれこれ気になって仕方ない。


 海で泳ぐことが大好きな私。
 この不思議な競技にすっかりハマり、どこかの大会にエントリーしてしまおうかという勢いだ。海風にも、クラゲにも、波にも負けぬ私は『ロスト・バケーション』のヒロインさながらなぜか無敵。


 いや待て、海はそんなに甘くない。
 海底が見えぬ深い海で泳ぐことの恐怖。クラゲや海中の生き物との接触。
 海中でのパニックは命とりになる。


 ふと沖縄の離島での出来事を思い出す。
 あまりに海中が美しかったものだから、どんどんひとりで泳ぎ進んだ。
 あまりに美しいので、岸辺にいる皆に呼びかけようと振り返ったとき、あまりの遠さと深さに驚愕、周囲に人影も見えず独り大パニックになりかけた。


 「落ち着け、落ち着くんだ! ゆっくり泳いでりゃそのうち岸辺に辿り着くさ」と、笑いながら自分に言い聞かせ、慌てずに背泳ぎしたりして気分を変えた。


 海で泳ぐということは、プールのそれとは違う。
 さまざまな障害、恐怖はあれど、自然の中の一部なのだという、なんとも言えぬ快感があるのも事実だ。


 オリンピックの競技に影響される子どもは多い。
 スケート然り、テニスや卓球、水泳だってそうだ。
 調べると、OWSは80年代からあるらしい。


 しかもすでに日本全国あちこちで大会が開催されているではないか。
 子どものように無謀な私は、いつしかOWSに挑戦しようと秘かに画策するのであった。


 どこかの海で魚影の群れのようなOWSの選手に混じっている私を激しく妄想しながら。

新作水着で海に挑む 障害に滅法弱い子ども時代はパーマンプールで水遊び
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