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海水浴と治療法(後編)

2016.8.5 11:54

 いよいよリンパ浮腫の治療のはじまり。
 体重と脚の計測をし、リンパの仕組みの図を見ながら、リンパとマッサージのお勉強。
 マッサージの施術を受けながらのお勉強は、あまりに気持ち良すぎて眠ってしまいそう。


 腹式呼吸を数回、肩をゆっくりまわすことからはじまるマッサージ。
 優しく弧を描くように、脇のリンパから、側面を経て腰、太もも、膝、ふくらはぎ、足首へと下降してゆく。


 子宮がんで骨盤内のリンパを郭清しているので、下肢リンパではなく、上部の脇のリンパまでリンパ液を戻してから促すのだ。
 そのため、先ず脇から脚へと、リンパの経路を緩和させる。


 「〝交通渋滞〟を緩和させるようなものですね。こうすると、下からのリンパが流れやすくなります」。〝交通渋滞〟とは、言い得て妙なたとえだ。 
 

 血液の循環は、心臓から動脈、毛細血管、静脈、そして心臓へ戻る。
 その間、血液は体内のリンパ系のさまざまな場所を通って静脈へ戻るわけだが、
 リンパ管とその静脈は、ともに老廃物を回収するという意味で密接に関係している。
 そのリンパ管の7割ぐらいが、皮膚とその中にある皮下組織(脂肪ができるあたり)にあると聞く。


 皮下組織に連結している細い線維で釣られているリンパ管。
 そのリンパ管と聞いていたものが、実は円形状の管ではなく、数枚の瓦状のような弁が重なり合ってできているものだ、ということを初めて知った。


 その弁が細い線維で引っ張られてズレて開く。そこへ老廃物を回収し、リンパ管を通って外へ出てゆくわけだ。
 つまり、リンパマッサージというものは、ものすごく優しく、ゆっくり促してやらないといけない、特別な技が求められるマッサージのようだ。
 強く押せば弁が潰れてしまうだろうし、しかもリンパの流れもかなりゆっくりしか流れない。なので、ゆっくり時間をかけて促してやらないと体外へ排出されないそうだ。


 根気よく朝晩30分ずつマッサージすることを薦められる。
 「もう寝坊もできないし、酔っ払ってそのままバタンキューすることもできないんですね」。嘆きの言葉を吐露する私。


 すると、担当の先生は「大丈夫です。やらなきゃいけない、とあまり思わないでやるのがコツです。そのために弾性ストッキングの着用で予防をしていただいたり、わたしたちが代わってマッサージをいたします」と微笑みを返す。


 しかし、ここで幾つか厳しい現実とも向き合うことになる。


 一回の施術に、お財布から、福沢諭吉先生が1枚、ヒラヒラと飛んでいく。
 そして、弾性ストッキングを購入するにあたり、また4、5枚飛んでいく。
 これらは、今春から保険適用されているものの、不思議なからくりがあるようで、
 私の小さな脳と心を悩ませる。


 このマッサージ費用、高額医療申請の対象にはなれど、保険適用はなぜか対象外という事実。


 弾性ストッキング購入に関しては、保険適用で一度に購入できる数は半年で、「2足」まで。
 しかも、同じ種類のもの。
 着圧の厚さや種類があるので、1足は分厚い効果的なもの、2足目はちょっと薄手のものを選びたいところだが、同じ種類じゃないと保険適用申請の対象にならないので、医師から別途、指示書を書いてもらわないとならないなど、云々。


 弾性ストッキング保険適用の仕組みもなかなか面倒だ。


 医師からの弾性着衣装着指示書、保険組合指定の療養費支給申請書、弾性ストックキングの領収書をそろえて保険組合窓口に申請する。
 しかも、購入してなるべく速やかに申請し、審査を経て保険適用がなされ、2、3カ月以上経った頃、支給決定通知が郵送される。それから後日、やっと該当金額が口座に振り込まれる、という仕組み。

 
 言ってみれば、医療装着具の類にカテゴライズされるようなものなので、当然オシャレじゃない。
 「もう少しオシャレなものがないのですか?」
 そして薦められたのが、やや透明感のあるストッキング。それなら真夏のワンピースにもなんとか似合うだろう。しかし、これも2万円はする。


 夏の猛暑に薄手をもう1足と考えたが、自腹で更に2万円は考えてしまう。
 しかも、色のバリエーションが豊富ではない。
 「水玉とか、アンナ・カリーナのような赤とかあったらいいのに」
 希望だけは口に出してみる。
 もしかしたら、いつかは叶うかもしれない。


 結局、一番着圧の強いストッキング(黒)を1足2万5000円以上、もう少しキツくないもの(肌色)2万1000円以上のものを2足発注した。
 これも散々悩んだ末の選択。しかも種類が違うので、医師に別途指示書を書いていただくという、ひと手間掛かるという仕組み。


 やれやれだ。
 

 それにしても、リンパ浮腫に悩むがん患者たちは、いったいどうしているのだろう。
 「経済的にも、もう面倒だからあきらめちゃった」。そんな声はよく聞く。
 でも、あきらめられない患者だっているはずだ。
 しかも皆が皆、お金持ちだとも思えない。


 例えばリンパ浮腫に悩むOLが、靴下2足しかない生活とかどうなんだろうか。
 マッサージを学んだり、受けたり、もっとスムーズな保険適応の治療が、当たり前に受けられればいいのに…….。がん闘病を経て本当にそう実感してならない。


 それに、肥満はリンパ関係と仲良くなりがちなので気をつけてください、とも指摘された。そう言われてみると確かに、太もも周りが太くなってから、毛細血管が見えにくくなっている。
 危ない! これではリンパがどんどん滞ってしまう。
 

 私は緩やかなマッサージを受けながら、沖縄の海で毎日泳いでいたときのことを思い出した。
 不思議なもので、プール以上に海で泳ぐと本当に調子がよくなるのだ。
 水圧は確かに効果的な上、かなり深いところで泳ぐせいだろうか。


 浮腫んだ足には、弾性ソックスを履くこともなく、素足にサンダルペタペタでのらのら歩く。実際、陸にいる時よりも海水に浸かっている時間の方が長いせいだからかもしれない。あるいは浜辺で昼寝。


 だが、日焼けも大敵だというリンパ浮腫。
 でも、そんなの関係ない。気にしない。
 日焼け止めを塗りたくりながら、私は、海を目指す。


 衰えた体だけではなく、すさんだ心も癒してくれるあの紺碧の海。
 でもそこには、幼い頃みた海辺で水浴びをする〝天女〟はもういない。


 そんなある日、私は 〝天女〟に出会った。
 それはなんと、沖縄の鄙びた漁村の市場にあった、沖縄製粉の「羽衣」の小麦袋のイラストの〝天女〟だった。


 沖縄では欠かせない、天ぷらやサーターアンダギーを作るのに必須不可欠な薄力粉。その小麦袋のイラストの羽衣を纏った〝天女〟。
 それが「めんそーれー」と、私を誘惑している。


 これだ! 
 これが、あの頃海岸で会ったネエチャンであり、夢中になった水中バレエ劇場のネエチャンであり、私にとっての天女だ!


 羽衣の天女が「めんそーれー、オキナワ~」と、私を呼んでいる。
 
 
 リンパ浮腫にも、精神面にも、効果的な海水浴。
 そして、早く天女に会いたいと夢みる夏。
 

 今年はいったいいつどこで泳げることだろう。

左端からリンパのお勉強、朝から夕方まで海水浴という夢のような日々、のら島ねこも登場!
左端からリンパのお勉強、朝から夕方まで海水浴という夢のような日々、のら島ねこも登場!