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【編集後記】Vol.333

2020.6.26 14:45 宍戸 博昭 ししど・ひろあき
京大アメリカンフットボール部監督の勇退記者会見での水野彌一さん=2012年2月15日、京都市左京区
京大アメリカンフットボール部監督の勇退記者会見での水野彌一さん=2012年2月15日、京都市左京区

 

 いつもの張りのある元気な声に、思わず携帯電話を耳から遠ざけた。声の主は、京大アメリカンフットボール部元監督の水野彌一さんだ。

 

 「ギャングスターズ」を日本学生アメフト界の強豪に育てた水野さんは、6月13日に傘寿(80歳)を迎えた。

 現在は地元の京都両洋高のヘッドコーチとして、昨年創部したばかりのアメフト部を指導している。

 

 新型コロナウイルスの影響で、練習内容は限定的なものになっている。

 そんな環境下で、水野さんは「フットボールは当たることが全て」という自らの指導理念を貫き、ひたすらダミーに当たる個人練習を課している。

 

 2012年に京大の監督を勇退した水野さんは、追手門学院大や立教大でコーチを続けた。数年前に一時体調を崩したが、現在は健康を取り戻している。

 

 水野さんといえば、元日大監督の故篠竹幹夫さんとよく比較される。ともに、厳しい練習で学生を鍛え強いチームを作り上げてきた。

 一瞬で人の心を虜にしてしまう骨太な言葉の使い手は、学生との距離を巧みに保ちながら、独特のアプローチをする。

 カリスマ性を備えたリーダーには、熱烈な支持者もいればアンチも多く存在する。

 

 「スポーツは理屈ではなく、精神と体を鍛えて成果を出すことに意義がある」。水野さんは、京大だから戦術面で相手を凌駕したと言われることを極端に嫌う。

 関西学生リーグで関学大、甲子園ボウルでは日大を真っ向勝負で圧倒した。「戦術などは、後でどうにでもなる。大切なのは、いい選手を育てることですわ」とよく言う。

 

 こだわりを捨て、物事を柔軟に考えるのもまた水野流だ。「朝令暮改大いに結構」は、独自のコーチングの「レシピ」にしっかり組み込まれている。

 

 長年の目標だった「打倒関学」を初めて果たしたのは1976年。36歳の時だった。

 その水野さんは今、古参のOBや教え子の協力を得て、自らのコーチ人生を一冊の本にまとめる準備を進めている。

 

 「時代が違うと言われるかもしれないが、篠竹さんや僕がやってきたことにも合理性があることを、あらためて伝えたい」

 名将の思いがぎっしり詰まった力作の上梓を待ちたい。(編集長・宍戸博昭)

宍戸 博昭 ししど・ひろあき

名前 :宍戸 博昭 ししど・ひろあき

プロフィール:1982年共同通信社入社。運動記者として、アトランタ五輪、テニスのウィンブルドン選手権、ボクシングなどスポーツ全般を取材。日本大学時代、「甲子園ボウル」にディフェンスバック、キックオフ、パントリターナーとして3度出場し、2度優勝。日本学生選抜選出。NHK―BSでNFL解説を20年以上務めている。

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