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自由求め、母国去る  強権政治、揺れる心も トルコ

2020.6.2 17:53 共同通信

 暗い店内に入ると、華やかなランプやタイルが目に飛び込む。壁を埋める額入りの白黒写真や絵画。オスマン帝国時代の兵士やトルコの古い街並み、建国の父ケマル・アタチュルクの肖像もある。
 英ロンドン北部のトルコ料理店。「うれしい時も悲しい時も、ここで過ごした」。2013年に母国を離れたトルコ人女性ニル・スネル(35)にとっての大切な場所だ。
 近年、スネルのように、英国など主に欧州に移住するトルコ人が新たに増えている。高学歴層が多く、「頭脳流出」現象と言われる。背景にあるのは激動が続くトルコの政治状況。イスラム色の強い大統領レジェプ・タイップ・エルドアン(66)率いる政権の強権統治で、社会の分断が深刻化。国に居づらくなった世俗派らが新天地を外国に求めているのだ。

 

英ロンドン北部のトルコ料理店で、自国のお茶を飲むニル・スネル。自身にとって特別な店で、仕事の打ち合わせでも時折使うという=19年10月(共同)
英ロンドン北部のトルコ料理店で、自国のお茶を飲むニル・スネル。自身にとって特別な店で、仕事の打ち合わせでも時折使うという=19年10月(共同)
 

 ▽クーデター未遂
 スネルは09年にトルコの名門大を卒業。イスタンブールの雑誌社で若くして編集幹部となり、激務や難しい注文にも対応した。支店開設に向けロンドンに派遣されたが、会社側の事情で解雇。しかし英国の起業査証(ビザ)を取って残り、個人コンサルタント業を営む。
 学生の頃から欧米の演劇や音楽が好きで、保守的な現政権が自由な文化を「制限しようとしている」と感じてきた。「政府にうんざり、トルコ人の働き方にもうんざり」。店で自国のチャイ(茶)を笑顔で飲みつつ、移住の理由を英語で語る。
 「子どもの将来のためだった」。世界展開するIT企業の男性社員ムラト・エロール(39)は19年夏、3歳の息子と当時妊娠中の妻を連れ、イスタンブールからロンドンに移ったばかりだ。
 近年トルコでは過激派のテロが続発し、16年にはクーデター未遂事件も発生。政権はその後、反乱勢力を含む反政府派を大規模に弾圧し、メディア統制も強めた。
 エロールはある日、街中で反政府系新聞の題字を隠すため、一面を内側に折りたたむ自分に気付いた。それは子どもの頃、父に頼まれ新聞を買いに行く際、指示された持ち方。自身が生まれた1980年にもクーデターが発生していた。
 「同じ思いを子どもにしてほしくない」。国外移住を決意し、妻も同意。退社覚悟で会社に強く求めた外国勤務の実現には「数年かかった」と、硬い表情で振り返る。

 ▽「エルドアン移民」
 トルコ統計局によると、2018年に国外移住した国民は約13万7千人。16年の2倍近くだ。クーデター未遂後、欧州への亡命申請も急増した。
 トルコ人は過去、ドイツなどに多数移住してきた。ただ、トルコ出身で移民問題が専門の英大学教授イブラヒム・シルケジ(47)は、「以前は低中産階級が大半」で労働移民が多かったと指摘。経済成長後の今は政治が理由の事例が多く、「エルドアン移民」だと呼ぶ。国の将来に「大きな損害が出る」とも語る。
 同時に、現政権が「社会構造を変えている」とみる。アタチュルクはイスラムを後進性の原因とみなし、政教分離の世俗主義を国是に近代化、欧化を推進。しかし十数年に及ぶ現政権の下で宗教保守層が台頭、世俗派の軍や実業界が牛耳った建国以来の体制は崩れた。
 実権を固めた政権は、宗教学校やモスク(礼拝所)の増設など保守政策を進める一方、国を去った人々を批判する。エルドアンは、各国に散った学者らに帰国を要求。「財産を国外に持ち出す企業家たちを許さない」と語ったこともある。
 「そんな人はトルコに不要。恩知らずで国を大切に思っていない」。政権支持者で、北東部トラブゾンで農業を営む男性(65)もこう言い切る。

 

96回目のトルコ建国記念日に、イスタンブール新空港に掲げられた初代大統領アタチュルク(左)と大統領エルドアンの垂れ幕。新空港建設はエルドアンが力を入れた巨大事業で、2018年の建国記念日に開港した=19年10月(共同)
96回目のトルコ建国記念日に、イスタンブール新空港に掲げられた初代大統領アタチュルク(左)と大統領エルドアンの垂れ幕。新空港建設はエルドアンが力を入れた巨大事業で、2018年の建国記念日に開港した=19年10月(共同)

 

 ▽変化の兆し
 国外に出た世俗派らの心も揺れる。「『多くの人が国に残っているのに』と、少し罪悪感を感じる」。17年にロンドンに移った女性フリーライター、ウシュル・エルドアン(30)が語る。
 トルコで難民支援に携わった後、英国で18年に修士課程を修了。当初は帰国する考えだったが、母国の政治に加え、社会問題化する女性への暴力や人権の状況に「疲れ果て」、残ることに。ただロンドンが「私の家」とも感じられず、「いつか国に帰るかも」と思う。
 エロールも移住に不安や複雑な思いが残る。国に戻らないつもりだが「決断するには早い」。スネルも定住先は未定だ。
 ただ、トルコの状況は少しずつだが変化している。エルドアンの強権政治への反発は与党内でも一部で増大。経済の悪化で国民の支持も弱まり、19年にはイスタンブールや首都アンカラの市長選で最大野党が勝利した。
 今後、母国がどうなるかは分からない。多くの移住者の共通意見だ。ただ皆、離れても国を思う。ロンドンのざわめきの中、ウシュルが吐露する。「生まれ育った所で友人も多い。生き生きした街の雰囲気。ボスポラス海峡の青さ。食事…。トルコが恋しい」(敬称略、文、写真・吉田昌樹)

 

取材後記

社会分断と「包容」

地図
 

 トルコ情勢は近年めまぐるしく動いた。テロやクーデター未遂に加え、大統領に実権を集中させる政治体制への変更や、通貨危機もあった。2019年秋には軍がシリア北部に侵攻、国際的批判も高まった。
 危機的状況に多くの人が愛国心を強める一方、強権統治への反発も増大。ナショナリズムの高揚や国民分断は各国で見られるが、トルコ社会の亀裂は特に深刻と感じる。
 英国に移住した世俗派のトルコ人を多数取材し、その思いは強まった。ただ、英大学院を終え正式移住するという女性アラーラ・アダル(26)の言葉が印象に残った。「世俗派政権時代は、保守層に対し非民主的な扱いがあった。トルコは多様な社会。双方の、特に若い世代が互いを包容することが重要だと思う」(敬称略) 
 

 

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