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身近な葬儀がきっかけ 「おくりびと」目指す 死と関わる仕事(3) 「U30のコンパス」

2017.7.19 10:00 岩切希
 
 

 

 和室に置かれた木棺の中に、死に装束を着た青年が横たわる。女性がその上に、ドライアイスに見立てた箱を一つずつ並べた。弔いの仕事人を目指す日本ヒューマンセレモニー専門学校の生徒たちだ。「ご遺体が重みを感じないように両手で置いてください」。講師の叱声(しっせい)が飛ぶ。生徒の表情は真剣そのものだ。

 神奈川県のJR平塚駅前のビル。祭壇を置いた教室のほか、和室になじみのない若者が作法を学べるよう神棚や仏壇を備えた部屋もある。葬祭を仕切るディレクターの養成コースには、高卒や20代の若者が全国から集まり、卒業まで2年間、公衆衛生や死別の悲しみを支えるグリーフサポートの知識を習得する。

 1年の小山里菜(こやま・りな)さん(19)が弔いの道を選んだのは、中学生の頃に病死した祖父の葬儀が契機だった。看病を続けてきた母に葬儀後、担当者が「大変でしたよね」と声を掛けた。「その言葉で初めて涙した」と感謝する母を見て「こういう仕事があるんだ」と知った。

 昨年5月、実習で葬祭ディレクターと一緒に立ち会った納棺の現場。故人と遺族の前に立つと動けなくなった。「卒業すればできるようになるのか」と不安になったが、教員から実体験を聞くうち「遺族に喜んでもらうにはどうすればよいのか」と、考える意識も芽生えてきたという。

 「事務所の電話を取るのが怖かった」。横浜市の京急メモリアル上永谷斎場に勤める卒業生の吉田幸祐(よしだ・こうすけ)さん(28)は、入社直後を振り返る。大切な人を亡くした遺族の電話に、どのように対応すればよいのか―。そんな不安があった。

 数年前、病気を苦に自殺した50代の男性を担当した。亡くなる直前、医師の指示を守らずにこっそり一服した男性を責めてしまい、悔やんでいた妻。ひつぎにたばこを入れようと考えていたが、出棺当日に買い忘れてしまった。自分のたばこを手渡した吉田さんに「最後に入れることができて良かった」と感謝の言葉。火葬場へ向かう車中で胸が熱くなった。

 病死や孤独死など、さまざまな形で逝った人々を見送る中で「人の人生は亡くなり方で決まるのではない」と学んだ。

 近年は簡素化が進み、葬送の形も変わりつつあるが「一つの区切りであり、残された人がその後も生きていく上で必要な儀式だと思う」と吉田さん。故人を送り出す側の気持ちを思いやりながら、弔いの仕事人として歩んでいくつもりだ。(共同=岩切希29歳)

 

 

▽取材を終えて

 
 

 20代で2人の祖父の葬儀に参列し、自分と同世代と見られる人が働く姿に目を引かれた。それまで、斎場で若い人が働いているイメージを持っていなかった私。「なぜそんな若さで、死別と向かい合う仕事に就いているのか」。弔いの場で抱いた疑問が、取材の出発点となった。

 30年近く葬祭業界に身を置き、葬祭ディレクターを目指す生徒を教えていた男性講師は「僕は、葬祭業は究極のサービス業だと思っている」と語った。弔いの仕事人には、遺族の気持ちを配慮し、細かいところにまで気が回るセンスが求められるそうだ。

 指導陣の熱意に応えるかのように、夢に向かってひた向きに学ぶ生徒たち。その姿は、とてもまぶしかった。
(取材、肩書などは取材当時)

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