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【第13回】救急医療守りたい 休日夜間専門医院を開設 「コンビニ受診」減らす

2017.4.1 18:50
休日・夜間専門の「いおうじ応急クリニック」で女の子を診察する良雪雅医師=三重県松阪市(撮影・藤井保政)
休日・夜間専門の「いおうじ応急クリニック」で女の子を診察する良雪雅医師=三重県松阪市(撮影・藤井保政)

 少し冷え込んだ土曜日の夜。三重県松阪市にある休日・夜間専門の医院「いおうじ応急クリニック」に、マイカーで駆け付けた会社員の男性(42)が、娘(4)を抱いて入ってきた。右手の小指の付け根、遊んでいてぶつけたのか赤くして泣いていた。
 診察室で医師の良雪雅さん(31)は「このおもちゃで遊んでみて。痛くない?」と女の子に手渡す。まだ小さいので自分の痛みのことをうまく伝えられないが、左右の手で持って動かし始めた。
 「ちゃんと握れているから大丈夫でしょう」と父親に伝え、赤くなった所を消毒して塗り薬を処方した。最後に「バイバイ」と手を振ると、女の子は痛いはずの右手で応えた。ちゃんと手が使えているのかを見るためのバイバイだった。


 ▽出動率トップ級

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 クリニックは2015年11月にオープン。16年11月5日の夜には、この親子のほか、茶葉を刈る機械で左膝近くを切った農家の人、強い咽頭痛を訴えた男性、下痢と嘔吐(おうと)で水分が取れずぐったりした女性ら40人も来た。
 良雪さんが開業したのは、緊急性の低い軽症者がコンビニへ行くような感覚で救急医療機関を利用する「コンビニ受診」、特に救急車を使った受診を減らすためだ。
 松阪市には、軽症者向けに開業医らが交代で詰める市の休日夜間応急診療所があるが、診療時間が夜の2時間半と短い。朝まで待てずに救急車を呼ぶ人も多く、市の救急車の出動率は全国でもトップクラスという。
 「救急病院が忙しくなり過ぎると、本当に重症の人の手当てに全力を尽くせなくなります。尊敬する先輩は、疲れ果てて辞めてしまいました」と良雪さんが振り返る。
 さらに患者を受け入れられなくなれば、救急車のたらい回しなどにつながり、医療の目的である「生命の尊重」と「個人の尊厳」が損なわれかねない。「救急医療を守るためにも、システムを変えていきたい」


 ▽トリアージ

緊急出動がかかり、慌ただしく救急車に乗り込む救急隊員=三重県松阪市の松阪中消防署(撮影・大里直也
緊急出動がかかり、慌ただしく救急車に乗り込む救急隊員=三重県松阪市の松阪中消防署(撮影・大里直也

 だが、夜間や休日だけの病院の経営は構造的に難しい。応急とはいえ、ある程度の診療をするには、血液検査ができる機器など、多くの初期投資が欠かせない。一方、患者は昼間より少なく、入院患者もいないので、収入は不安定で、待機する看護師らの人件費を考えると、赤字体質という。
 良雪さんは開設準備や当面の運営費として5千万円を借りた。看護師は非常勤も含め4人、事務員は2人必要だ。最後は救急出動に伴うコストを抑えたい市との協議で、診察時間に応じて委託金を受け取る方法を編み出し、やっと採算のめどが立った。
 年間3千万円を受け取った16年度の診察時間は、一般の病院が休診となる木曜日と日曜日、祝日は昼から夜、金曜日と土曜日は夜間。救急隊員が軽症と見立てた患者の救急車を受け入れ、自分の車で来た人らも診断する。重症と判断すれば、市内にある総合病院の2次救急につなぐ「トリアージ」の役割も果たす。
 胸が痛いと来た人が心筋梗塞と分かり救急搬送したことも。「どのような患者が来るのか分からず、気が抜けません」。患者は開業から1年間で5200人、予想していた3千人を上回った。
 市の救急車の出動は16年、2年ぶりに減少し前年より353件(3%)減の1万1782件。市側は「開業に加えて救急車の適正利用の呼び掛けや救急相談電話の利用、かかりつけ医の普及などが要因」とみている。


 ▽次は在宅医療

 選挙で市長が代わり、16年春ごろから、委託をストップする話が出てきた。良雪さんは住民が組織した「休日・夜間の医療を守る会」の活動に参加し「地域の医療を守ろう」と強く訴えた。
 会長の田中正浩さん(60)は言う。「前市長の功績を消したい政治的な動きなのか。頼みを受けて開院した彼のおとこ気に応えたかった」
 委託継続の署名集めを手伝った4児の母、森下あいさん(37)も「明日の朝まで我慢しなくてもいいのはうれしい。周りのお母さんの思いも同じです」と話す。守る会は約8千人分の署名を11月に市長に提出した。
 17年度の委託は続き、良雪さんは4月から他の病院でのアルバイトを辞めた。ただ市の応急診療所の対応時間が変わり、診察日時は変更した。18年度の委託継続はまだ見えていないという。
 良雪さんは、三重大の医学部に入るまで「国境なき医師団」に憧れていた。だが、国内の急速な高齢化と医師不足に直面する中で「自分の闘うべき場所は国内にある」と強く思うようになった。
 次は医師を2人にし、昼間は往診による在宅医療を始めようと考えている。「自分の家で最期を迎えたいという人の助けになりたい。こうすれば経営も安定し、地域医療にもっと貢献できるはずです」(共同=諏訪雄三)

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