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仏モッズ・ヘア50年、髪形の世界に起こした〝革命〟 創設者兄弟インタビュー【→U30】

2018.3.6 16:50 永田潤
モッズ・ヘア創設50年の記念イベントで披露されたライブパフォーマンスの一コマ=2018年2月、東京都渋谷区
モッズ・ヘア創設50年の記念イベントで披露されたライブパフォーマンスの一コマ=2018年2月、東京都渋谷区

 パリ生まれのヘアサロン大手「モッズ・ヘア」が創業50年を迎えた。斬新なスタイルで人気を博し、日本には1978年に上陸した。創設したフレデリック・ベラール氏(71)、ギヨーム・ベラール氏(69)の兄弟が東京での記念イベントのため来日。インタビューに応じ、時代の風をつかんだ自身らの〝革命〟の軌跡を振り返った。(共同・外信部=永田潤)

 ▽硬直化したデザインを崩す

 ―撮影専門の事務所を設立した経緯は。

 フレデリック ファッションモデルはそれまで自分で髪を整えるか、ヘアサロンにしてもらうかのどちらかだった。サロンからの派遣の立場では仕事に専念しづらかった。写真や広告専門の事務所をつくった方が良いと(弟らと)設立した。

 ギヨーム 映画専門のヘアデザイナーはいたが、モードや雑誌を専門とする人は存在しなかった。当時は(英国のモデル)ツイギーや(ドイツの)ベルーシュカらの時代。トップモデルは皆、メークも自分でしていた。

 ―ヘアデザインの面でも旧来と断絶したのか。

 ギヨーム (学生らの反体制運動「五月革命」※1のあった)68年、フランスは革命の雰囲気だった。20歳前後の私たちは長髪で、少しヒッピー※2のようだった。旧来のヘアデザインは古典的で硬直化していた。私たちは崩した髪形を作り始め、以前ほど気取りのない形で、よりクリエーティブにした。それがより現代的で、当時のファッションとも呼応した。

 ―成功した理由は。

 ギヨーム 私たちのスタイルは革新的だった。(事務所設立後)すぐにヴォーグ、エルなど大手ファッション誌へ仕事をし、ギイ・ブルダンやヘルムート・ニュートンら著名な写真家のために働いた。

記念イベントのライブパフォーマンスで披露されたヘアデザイン
記念イベントのライブパフォーマンスで披露されたヘアデザイン

 

 フレデリック 撮影の際、常に写真家のそばにいて髪を整えた。写真、写真家、(モデルの)服それぞれに合わせて髪形を作った。

 ―「コワフェ・デコワフェ(髪形を作って崩す)」というスタイルはどう生まれたのか。

 ギヨーム しっかり作り上げる従来の髪形は好きではなかった。髪形というものを壊した。その方が現実的で町の人々(の感覚)に近かった。

 

 ▽雑誌に問い合わせ殺到

 ―74年、パリに初のヘアサロンを開いたのは。

 ギヨーム 当初は開くつもりはなかった。どこでモッズ・ヘアに切ってもらえるのかという問い合わせが読者から雑誌編集部に殺到し、開かなければクレジットを誌面に載せないと編集者に言われたからだった。

 ―当時、女性の感覚に変化があったのか。

 フレデリック 以前のような髪形ではなく、当時の精神に基づくものを望んでいた。「解き放つ」ことだった。

 インタビューに応じるフレデリック氏(左)とギヨーム氏=2018年2月26日午後、東京都渋谷区
 インタビューに応じるフレデリック氏(左)とギヨーム氏=2018年2月26日午後、東京都渋谷区

 ―日本での1号店オープンは78年と早かった。

 フレデリック (72年にモッズ・ヘアに参加した)テツ(田村哲也氏)が、78年オープンのファッションビル「ラフォーレ原宿」にモッズ・ヘアのサロンを開いてほしいと依頼を受けた。ラフォーレは従来とは違うものを望んだ。大成功となり、その後多くの店舗がオープンした。

 ―フランス人と日本人の髪質は違うが。

 フレデリック 髪形は適応できた。カット技術も適合した。ただ、日本人女性の方が、もみあげが長いことは気掛かりだった。カラーリングもしたが、これは難しかった。日本では髪を染めることが良く見られていなかったからだ。

 ▽決めるのは町の人々

 ―有名ブランドは、人々に簡単に飽きられることもある。これまでの道のりを確信していたか。

 ギヨーム ヒット曲を歌う歌手のようなものだ。成功したからといって、最高のヘアデザイナーとは言えない。決めるのは私たちではなく、町の人々だ。

 フレデリック 日本との関係は運も大きかった。テツが一緒だったからだ。(日本での発展の)おかげで韓国や中国へも広がった。日本でモッズ・ヘアが成功したから中国の人々は自国で同じ事をしようと思っている。テツがアジア人の髪で成功した経験は中国の人々を大いに安心させている。

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イベントに参加するフレデリック氏(前列中央)とギヨーム氏(前
列右から2人目)、田村哲也氏(前列一番右)=2月26日午後、東京都渋谷区
イベントに参加するフレデリック氏(前列中央)とギヨーム氏(前 列右から2人目)、田村哲也氏(前列一番右)=2月26日午後、東京都渋谷区

 ファッション史に名を残すだろうモッズ・ヘアの歩みは、ことし外交関係160年を祝う日仏両国の交流史の一端でもある。今もアート・ディレクターを務めるフレデリック、ギヨーム両氏は記念イベントでライブパフォーマンスを披露、田村氏らと50年を祝った。一方、日本でのサロン運営などを担う会社は2015年、中国資本の傘下となった。グループは16年に中国1号店を北京にオープン、今後中国で店舗数の急拡大を図る考えを示している。

 

 ※1 五月革命 1968年5~6月にフランスで起きた反体制運動。パリ大学の学生による教育改革を求める運動に端を発し、街頭での抗議デモ、さらに労働者のストライキなど社会全体の危機へと発展した。伝統的な価値観に対する異議申し立ての側面も持ち「革命」の様相を呈した。日本の学生運動にも影響した。

 ※2 ヒッピー 1960年代の米国で生まれた、既成の制度や価値観を否定し、自然への回帰を主張した若い世代を中心とした人々。ひげをたくわえ、長髪、ジーンズ姿で、定職につかず、放浪するなどのライフスタイルは世界中で流行した。