介護士だった彼女が歌の道を選んだわけ  U30のコンパス23部「好きなことで生きる」(1)

2018年01月09日
共同通信共同通信
 
 わがままだと思われたり、生活が苦しくなったり、やりたいことで生きていくのは楽じゃない。移り住んだ場所で夢だったコーヒー店を開業した夫婦は、常連客の笑顔がやりがいに。人工知能(AI)を身近で役立てたいと起業した男性は、社会全体の幸せに思いをはせる。周囲への感謝や自らの信念を支えに、好きなことを仕事にして生きる姿を届ける。
 
ライブでギターを弾き、自ら作詞・作曲した歌で思いを表現する阿部静華さん=東京都世田谷区
ライブでギターを弾き、自ら作詞・作曲した歌で思いを表現する阿部静華さん=東京都世田谷区

 

 「まっすぐ行こう、あの空の果てまで。自分で決めた道、信じて」。阿部静華(あべ・しずか)さん(30)がアコースティックギターを弾きながら、バラードを歌い上げる。あきらめなければ夢はかなう。そう伝えたくて歌い続けている。


 幼いころから歌うことが大好きで、歌手になることが夢だった。しかし小学校低学年の時に両親が離婚。忙しく働く母親には言えず、それ以上に歌で食べていく自信もなかった。高校卒業後「育ててくれた母を早く助けたい」と専門学校へ進学し、20歳で介護士に。生まれ育った北海道釧路市の特別養護老人ホームで働き始めた。

 おばあちゃん子だった阿部さんにとって、介護の仕事は楽しかった。安定した収入もあった。

 転機は、老人ホームで「歌の力」を目の当たりにした経験だった。

 認知症が進行し、だんだんと表情を失っていく入居者。どうしたら笑ってもらえるのか。考えるうち、頭に浮かんだのが歌だった。音楽が流れる本を買い、それに合わせて歌うと、お年寄りたちは誰もが笑顔を浮かべ、肩を揺らしたり、手をたたいたりした。

 「やっぱり歌を仕事にしたい」。思いは日に日に強くなり、内緒でオーディションを受けた。東京都内の芸能人養成所に合格した。でもまだ、仕事を辞めることに不安はあった。「静華の人生だから」。悩む阿部さんの背中を最後は母親が押してくれた。

 しかし、東京で待ち受けていたのはつらい現実だった。事務所にだまされ、お金だけを取られたことも。現在の事務所に移り、ようやく本格的に歌手活動をするようになった。自ら作詞・作曲をし、25歳からギターの弾き語りを始め、思いを表現するようになった。

 歌う場所は自分で見つける。全国各地のイベントの主催者に「歌わせてほしい」と依頼したり、ファンから紹介されたバーでライブを開催したりしている。イベントに向かう途中のフェリーで歌うこともある。バイトは辞め、収入は手売りするCDの売り上げのみ。月に25日ほどライブをこなしているが、生活は楽ではない。

 それでも宮城県や広島県にもファンができ、故郷の北海道では家族が毎回、見に来てくれる。「一歩踏み出して、やりたいことをやって生きようという思いを伝える曲を、丁寧に作りたい。売れて一発屋になるより、長く歌い続けられる歌手でいたい」(共同=吉川純代33歳)

 

 

▽取材を終えて
 阿部静華さんに初めて会ったのは自宅近くのバーでのライブだった。「介護士を辞めて歌手を目指して1人で上京した」とのMCと、率直な歌詞と伸びやかな歌声に感動した。記者を志す前の学生時代、介護の資格を取り特別養護老人ホームを手伝っていた私にとって親近感もあった。何の保証もないまま、やりたいことを仕事にして生きていく一歩を踏み出す勇気。偏差値、学歴、プライドの渦の中で生きてきた私には印象的な出会いだった。

 横浜駅近くで歌手になるまでの経緯などを聞いた後、阿部さんが言った。「私は生まれた時に小さくて保育器の中にいたそうで、母に心配をかけ、本当に大切に育ててもらった。その歌を作りたいのに歌詞が書けない。赤ちゃんだった私は何も覚えていないから」。しばらく考え、「自分がどう思ったかじゃなくて、かわいい我が子を自由に抱っこもできなかったお母様の気持ちを聞いたり想像したりして歌詞にされたらどうですか」と返すと、阿部さんはとびきりの笑顔で「聞いて良かったです」と言ってくれた。アドバイスになったかどうか分からないが、同じ表現者として好きな仕事を全うできる気がして、初めて会ったバーで一緒に飲みたくなった。

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