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第13回 新しい自分になる勇気を 長寿時代のキャリア

2017.12.14 15:30 為末 大
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為末大氏
              為末大氏

 英ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットン氏らが執筆した「LIFE SHIFT」が日本でもヒットした。著書の主な内容はこれからの長寿時代の中で、働き方や生き方を変えていかなければならないというものだ。

 長寿化の一例として、2007年に生まれた日本の子どもの半数は107歳まで生きるという予測が紹介され、仕事人生が20歳代から80歳代までの60年に広がった場合、「人生で幾度かのキャリアチェンジを行う」と書かれている。

 強制的にキャリアチェンジを迫られるのが、人生の前半で必ず引退を経験するアスリートだ。その知見や個別の経験は、少し悩みを先取りしているという点で、実際の社会でキャリアチェンジを行う人にも役立つのではないだろうか。

 ▽ギャップ

 セカンドキャリアの悩みの多くはアイデンティティーの喪失によってもたらされる。プロ野球の清原和博元選手は「現役時代は批判があっても自らのバットでやり返せば良かったが、引退してからはどうやってやり返せばいいか分からなくなった」と語っている。

 自分自身の存在があまりにも、自分がやっている競技やチームと一体化しすぎていて、引退した途端に自分が何者なのか分からず、孤独感が襲ってくる。

 現役時代は巧みに身体を扱い、有能感にあふれていたにもかかわらず、引退すると不慣れな仕事を始めることになる。最初はうまくできないことがほとんどで、そのギャップにも苦しむ。日本語で巧みに人を説得していた人が、日本語以外の言語になったら、うまく伝えられなくなるもどかしさに似ている。

 スポーツの世界は競争が激しく、油断すればすぐ転落するために、選手はどんな厳しい状況でも希望を捨てず、目の前のことに集中する癖がついている。

 ところが、この性質が思い込みを強くし、視野を狭めてしまう。だから引退してから、われに返ったように先のことを考え始める。ある意味で一社に長く勤めてきた会社員も似たような心境に陥るのかもしれない。

 自分の価値観やどんな仕事に向いているかは、いろんなことをやってみて、その経験を比較し絞り込んでいくことが必要になるが、アスリートの経験は単一であることが多い。社会に出たことがないので社会という地図が分からず、価値観というコンパスがないために、途方に暮れる。

 ▽棚卸し

 アスリートのセカンドキャリアはどうすれば解決できるのか。多様な人間関係を持つことで、選手はセカンドキャリアにうまく移行できる。思いも寄らないアドバイスや違う見方を教えてもらうことができ、次第に自分が柔軟に物事を見られるようになるからだ。セカンドキャリアは誰もが悩むが、悩みは視点の固定化によって深刻化し、多様な人との接点があると固定化を防いでくれる。

 もう一つは、自分の「過去の棚卸し」だ。例えば同じ陸上競技でも「陸上だけをずっとやってきました」という説明もできるし、「目標を定めて計画を立て、それを実行し、うまくいったかどうか定期的にチェックすることをやっていました」という説明もできる。

 後者の方に普遍性があり、他のことと共通点を見いだしやすい。自分がやってきたことは、学んできたことは何であったのかが整理され明文化されるだけで、自分の中に納得感が生まれ、過去と未来がつながる。

 私の経験で感じることは、現在の自己のイメージに過剰にこだわりすぎることが次のキャリアに進む上で大きな阻害要因になるということだ。

 「引退しても、スポーツのトップ選手と見られていたい」という思いが強かったが、社会の側は徐々に私の名前を忘れていく。昔の自分を捨てて新しい自分に適応できないことで葛藤があった。ところが「自分が意識しているほど、社会は自分のことを気にしていない」と感じた時に、自分のこだわりが取れて一からスタートできるようになった。

 今は全てのアスリートに、過去の自分を捨てて、新しい自分になる勇気さえ持てば、どのようなキャリアチェンジも可能だと伝えている。(元陸上選手)

 

為末 大

名前 :為末 大

プロフィール:ためすえ・だい 1978年、広島市生まれ。法政大卒。陸上男子400メートル障害で2001年と05年の世界選手権で銅メダルを獲得。五輪は00年シドニー、04年アテネ、08年北京と3大会連続出場。著書に「諦める力」「逃げる自由」など。

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