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無意識の思い込み克服を 森氏発言に自問、猛省  【為末大の視点】

2021.3.1 14:16
 東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が引責辞任した。後任は橋本聖子氏に決まった。森氏の発言が「女性蔑視」と問題視された背景に、ジェンダーギャップ(男女格差)への認識のずれがあったように思う。私自身も発言の受けとめ方で反省があった。

 国際的な会合に出たことがある人は、たいがい一度は「日本のジェンダーギャップが解消されない理由」を問われた経験があるだろう。
 どの国にも必ず批判される部分はあるが、私の経験上、日本の場合はジェンダーギャップが多い。森氏の発言に対し、海外に進出しているIT企業のトップや、日本の地位向上に関わっている人たちがまず反応したのもそれが理由ではないか。

 東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会で、辞任を表明する森喜朗会長=2月12日午後、東京都中央区
 東京五輪・パラリンピック組織委の理事会と評議員会の合同懇談会で、辞任を表明する森喜朗会長=2月12日午後、東京都中央区

 


 ▽大きいギャップ


 生物学的な特徴ではなく、思い込みで性差別をすることがある。例えば「一般的な女性は一般的な男性より背が低い」は事実だから許されるが、「女性は男性より数学能力が劣る」は研究結果で否定されていて許容されない。「女性は男性より計算ができない」という発言は性差別に当たる。


 私の感覚では最初に森氏の発言を聞いた時、不適切とも取れるが、全文を読むと女性をおとしめる意図もないようにみえ「正直、このぐらいなら」と思った。


 ただ自分ではよく分からないから、女性の話を聞いてみると、濃淡はありながら「女性が組織の中に入ることが望まれていないと感じた」「男性社会の中で自分の身を守ることをずっとやってきたから怒っていいのか、ほほ笑みながら、いつも通りに受け流せばいいのか分からなくなっている」などと言われ、ショックを受けた。


 「このぐらいなら」という基準は、男女でそれほど違わないだろうと勝手に思い込んでいたことを猛省した。


 スポーツ界で長期にわたって貢献された方に対して発言することはちゅうちょされた。けれども、スポーツ界のジェンダーギャップは一般社会よりもさらに大きく、それに対して何も言わないで許容してきた自分は当事者でもあったから、やはり発言しなければならないと感じ、反対意見を出した。

 職員へ就任のあいさつをする東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長=2月19日午後、東京都中央区
 職員へ就任のあいさつをする東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長=2月19日午後、東京都中央区

 

 ▽仕組みで対処


 「心の中のブラインド・スポット」という書籍の中に「現代の差別は排除ではなく、優遇の形になっている」という文がある。


 音楽団員の採用で、音楽の技術のみを評価して採っていたら自然と男性が多くなっていた団体が、採用試験の際にカーテンを引き、演奏しているのが男性か女性か分からない状態をつくっただけで男女の採用比率が半々になったという事例が出てくる。


 評価者は男性だった。自分と似た者を好ましく思ってしまうバイアスからか、男性は女性より優秀であるというステレオタイプな考えが影響してか分からないが、少なくとも評価にはゆがみがあることが示された。


 つまり純粋に能力を評価しようとしても、たとえ差別に否定的な平等主義者でも、バイアスを取り除き切れないということだ。


 だから、組織における役員や理事の男女の比率についても、仕組みで対処するしかない。例えば米国では就職活動で履歴書を送る際、性別や年齢などは書けない。顔写真も貼らないことになっている。


 今後、日本が無意識のバイアスによって女性を不当に評価してしまうことを克服していくにはどうすればいいのか。


 もちろん欧米諸国が指摘するからといって日本の全てが間違っているわけでもない。表面だけ整えても、本音で納得しない人が多数になれば、性別で社会が分断されてしまう。


 全ての人にとって良い社会を目指すために、現在の日本はまだまだ変わっていかなければならない。まず「自分たちの認識がずれているかもしれない」という前提に男性が立つべきだろう。その上で当事者として現状に向き合い、対話を通じて社会に働き掛けていくことで「性別」という分断を起こさず、世の中を変えていけるのではないだろうか。


 東京大会のビジョンに掲げた「多様性と調和」という言葉は素晴らしいと思う。本気でそんな社会をつくりたいと願って行動すれば、実現できるはずだ。(元陸上選手)=36回

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